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現代美術家 アニッシュ・カプーア 別府で日本最大規模の個展 「生で体験する」ことの意味【コラム】

2018/10/26 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

ただそこにモノを置くだけで、これほど視覚が惑わされ、世界を認知する知覚までもが不安定でおぼつかなくなるものなのか。インド出身でロンドンを拠点に活動するアニッシュ・カプーアの作品は、見る者の知覚への信頼感を揺るがし、未体験ゾーンへと導く。メディア環境の発達で、芸術作品をインターネットの写真や文字情報のみでお手軽に享受しがちな現代。この希代の美術家は、「生で体験する」ことの意味も改めて考えさせる。

直径5メートルのステンレス製の鏡が空を映し出す「スカイ・ミラー」

カプーアの日本において最大規模となる個展が大分県別府市の別府公園で開かれている。新作を含む三つのプロジェクトで構成された展示である。

世界初公開となる「ボイド・パビリオンV」は彫刻と建築が融合する。建物の前後に入り口を設けてそれぞれに異なる彫刻を展示した。前方から入ると、白い壁に光を99%吸収するという特殊塗料を使った黒い「穴」のような彫刻が現れる。「穴」は黒い丸に見え、実際は平面なのか穴なのか、薄く盛り上がっているのか、角度を変えて凝視しても分からない。

後方の部屋では漆黒の世界と向き合う。入り口の扉を閉めると闇に包まれる。目が慣れると黒い立体が浮かび上がる。両作品とも距離感がつかめない視覚体験が見る者の感覚を惑わし、無限の空間に吸い込まれていく感覚に陥る。

カプーアは相反する意味を内包させる「両義性」の作家と評される。物質と非物質、可視と不可視など、二項対立を一つの作品で同時に扱う。漆黒の二つの作品は何もないようでありながら無限の奥行きや広がりを感じさせ、矛盾の同居を体感させる。

相反する二つを対立させずに扱おうとするカプーアのこだわりは、仮設ギャラリーで展開されている展覧会「コンセプト・オブ・ハピネス」にも現れている。

特殊な塗料を使い、凹凸や奥行きが分からない「ボイド・パビリオンV」

血が滴る肉片を想起させる立体や、大地から湧き上がるエネルギーを表象したドローイングは、人類が克服しようとしてきた自然や野蛮さを想起させる。文明化に比例して野蛮さが薄れたはずの人類が行き着いた先に、戦争や虐殺を繰り返してきた現実を表現している。生々しい作品群は文明と野蛮は対立するものではなく、地続きではないのかと問いかけてくる。​​

現代美術の作品は、作家や作品の文脈が重要な意味を持つとされる。一方、カプーアには知覚や身体を通して体験する作品が多く、予備知識なしで楽しめる。

冒頭の画像、日本初公開の代表作「スカイ・ミラー」もその一つ。芝生の広場に設置した直径5メートルの巨大な鏡に移りゆく空の景色が映る。風景の中に空のかけらが落ちたようでもあり、宇宙から地球を見ているようでもある。

見る位置を変えると映り込む景色は一変する。「見る者」が「見られるモノ」の一部となり、新しい作品を生みだす。交わらないはずの鑑賞者と作品という関係が固定されず、二者の間には終わらない循環運動が生じる。それは地球内部のマグマ活動で熱せられた地下水が温泉や湯煙となって地表に噴出して空へと昇り、雨となって再び大地に返る温泉地特有の循環性とも重なる。カプーアと別府との親和性を感じさせる。(佐々木直樹)=10月23日 西日本新聞朝刊に掲載=

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