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「ギュスターヴ・モロー展」関連コラム 第1回 習作の多い画家【学芸員コラム】

2019/10/15 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

福岡市美術館で開催されている「ギュスターヴ・モロー展 サロメと宿命の女たち」(〜 2019/11/24(日))では、パリのギュスターヴ・モロー美術館が所蔵する、洗礼者ヨハネの首の幻影を見るサロメを描いた名作《出現》や、貞節の象徴とされた幻獣を描いた《一角獣》を含む油彩・水彩・素描など約100点によって構成されています。本企画を担当する担当学芸員・福岡市美術館 忠あゆみ氏に寄稿いただきました。(編集部)

 

完成させたい、けれどももっとよくできるはず
何かを作る経験をしたことのある人なら、完成を決める難しさを身に染みて知っているのではないでしょうか。一つの作品を仕上げるまでに、いくつものトライアンドエラーを繰り返し、ようやく何らかの着地点が見えてくるものです。それに、完成を自分で決めるというのはとても難しいことです。締め切りや注文主の依頼など、外側から決められたゴールがあって初めて心に区切りがつくものなのかもしれません。
19世紀後半に活躍したギュスターヴ・モロー(1826-1898)もまた、完成を決めたくない画家だったのではないでしょうか。
モローは神話や聖書の物語を独自に解釈した幻想的な絵画で知られます。象徴主義の画家として評価され、国の主催する展覧会(サロン)や公共建築の壁画制作などの仕事もこなし、着実に評価を得ていた一方、完成に至らない習作もたくさんため込んでいました。パリのギュスターヴ・モロー美術館には、なんと素描だけで4800点以上が残されています。絵を描き始めた若き日のモローはルーブル美術館で模写を行い絵画のテクニックを学びましたが、下積み時代に沢山の線を引くことの大切さを知ったのかもしれません。

 

 

数多くの習作をもとに《出現》が生まれる
本展では、代表作の《出現》(出品番号62)や《一角獣》(出品番号156)などに加え、油彩・水彩・素描の習作も数多く紹介します。
「習作かー」とがっかりするのはまだ早い!習作からは、装飾的で華やかと評されるモローの絵画がどのようにしてできるのか、舞台裏を知ることができます。神話や聖書の物語に登場する人物の表情・性格を細かに想像して一枚の絵にするという作業は、想像力豊かでなければできません。モローはテーマとなる主題に執拗といえる集中力で取り組み、素描や習作を重ねました。長い時間をかけてアイデアに向き合う過程で、「もっとよくできるはず」とイマジネーションを広げ、絵画世界を作り出していったのでした。
新約聖書の登場人物であるユダヤの王女、サロメを描いた《出現》も、数多くの習作をもとに生まれました。洗礼者ヨハネの首の幻影が宙に浮かび、サロメが「お前が欲しい」と言わんばかりに指差すという構図は、19世紀末において流行した女性表象「ファム・ファタル(宿命の女)」の象徴的なキャラクターとなりました。ブーツを履いたようにつま先を突き立てるポーズは、サロメの強い意志を見るものに感じさせます。

《出現》 1876年頃 ギュスターヴ・モロー美術館
Photo ©RMN-Grand Palais / René-Gabriel Ojéda / distributed by AMF

 

サロメがヨハネの首を求めるエピソードを描こうとモローが構想したのは、1872年のこと。普仏戦争の敗北を受けて制作する予定だった記念碑に、その場面を描こうとしました。
準備段階のスケッチ(出品番号34)には、刀を振り上げる死刑執行人と祈るヨハネの劇的な構図、そして、おぞましい光景に背を向け柱の陰にたたずむサロメというイメージを確認できます。線はおぼろですが、片手を前に伸ばした線の角度から、意志をもってたたずむ女性というサロメ像をすでに抱いていたことが分かります。最初期の素描ではあいまいなイメージを、モデルや写真、また民族衣装、装飾美術といった細部を検討することで具体化していきました。
 
 

初期素描が並ぶ第2章のコーナー

 


空間へのこだわりがうかがわれる油彩の習作
キャンバスに油彩で描かれた習作からは、《出現》の物語が展開する空間にもこだわりを持っていたことが立体的に見えてきます。
作品《サロメ》(出品番号61)ではアーチ状の建築の構造や柱が黄土色の絵具とペインティングナイフなどを用いて大掴みに描かれています。背景にタールのような黒い絵の具がべったりと塗られ、中央に座るヘロデ王の威圧感が強調されています。これは、《出現》とは異なる構図です。モローは、ヘロデ王の位置が画面中央から左手へと移動することで、サロメとヨハネが見つめあう構図を際立たせたのでしょう※。一方、中央のサロメが白い絵の具で描かれている部分からは、画面の中心でまばゆく輝く、という出現の構図と通じているようです。舞台や映画の監督のように、モローは道具立てと人物や背景空間を試行錯誤していたのではないでしょうか。

※ヘロデ王を中央に配置する構図は《出現》と対になる作品、《ヘロデ王の前で踊るサロメ》に活かされます。

 

サロメとヨハネの物語をモチーフにした習作を紹介

 

 

意外な師弟関係にもうなづける
展覧会場の習作群を見ると気づくのは、赤や緑、水色といった色鮮やかな絵具がたっぷりと用いられていることです。国立美術学校でも教鞭をとったモローの教え子には、フォーヴィズムのリーダーで大胆な色彩による作品を発表したアンリ・マティスや、厚塗りの絵具で神聖な人物像を描いたジョルジュ・ルオーといったモダンアートの作家たちがいます。意外なように思われますが、習作を見れば、彼らの師匠がモローであるのもうなずけます。完成作では滑らかな画面の仕上げがなされ、細部まで細やかに装飾され、どこか近づきがたい印象さえ受けるのですが、習作からは、モローの制作者としての熱い衝動が感じられます。
本展では、水彩・油彩・素描と様々な媒体による習作と完成した作品を比較しながら見ることができます。ぜひ実物を見て、「完成」と「未完成」の境目で考え続けるモローの意外な素顔に触れてみてはいかがでしょうか。

 

《一角獣》 1885年頃 ギュスターヴ・モロー美術館
Photo ©RMN-Grand Palais / René-Gabriel Ojéda / distributed by AMF

 

第2回に続きます。

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