江口寿史展
EGUCHI in ASIA
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福岡アジア美術館
2020/04/29 |
1990年代以降、アートはグローバルな世界環境をバネに飛躍的に発展してきた。これにしたがい、国際現代美術展などの先端的な発表の場で見られるアートの主流も、かつてないほど社交的でヒトやモノが入り乱れる不定形の表現へと姿を変えていった。
「ソーシャリー・エンゲージド・アート」(社会へと参与する芸術。以下、SEA)と称されることが多いこれらの動向は、批評家/キュレーターのニコラ・ブリオーが98年に発表した著書『関係性の美学』で、「リレーショナル・アート」と呼ばれたアートの活動に端を発している。これらをめぐる複雑な議論にはここでは触れないが、簡単に言えば、アートを絵画や彫刻のように展示することが容易な実体的なものとして考えず、社会のなかで流動的に形成されるヒトとモノとのコミュニケーションの発露として捉える傾向を指す。いきおい、映像や記録、ワークショップなどの実践に重きが置かれることになり、従来の「作品」という概念は大幅な変更を迫られることになった。
アートが長く絵画や彫刻のような物質的な実体に限定されてきたのは、商品として扱いやすいことも大きかった。したがってSEAは、アートを投機対象として捉えるようなグローバリズム下の資本主義への批判として機能する部分も少なからずあった。けれども、仮にSEAによる資本主義下でのアートの投機商品化への抵抗が一定の意味を持っていたとしても、もう少し大きな視野で見れば、ヒトとモノを地球規模で社会的に結びつけるSEAの活動そのものが、LCC(格安航空会社)の爆発的な普及と典型的なグローバル資本主義なくしてはありえないものだった。
いま、新型コロナウイルスの世界的な蔓延(まんえん)で、グローバル資本主義は冷戦構造の解体以降、最大の試練を迎えている。2008年のリーマン・ショックを超え、1929年の世界恐慌以降、最大規模の危機とする意見も少なくない。実際、企業の生産活動や市民による消費行動は各国で生命を維持できる最小限まで抑えられている。本来であればこういう状況でこそ、SEAはその名の通り、感染を媒介するヒトやモノといった物質的な実体に縛られず、関係性だけを武器にヒトとヒトを結びつける活動ができてよいはずだ。だが、実際には資本主義経済が萎縮すれば、SEAも歩を合わせて停滞せざるをえない。結局、グローバリズムという同じ基盤に下支えされていたからだ。
その意味では、これまでのアート界ではどこか傍流として扱われてきた、いわゆる「メディア・アート」の反応が気になるところだ。これもまた定義の不明瞭な概念だが、端的に言えば新技術を積極的に導入した情報芸術と考えられる。いまどきの言葉を使って、「リモート・アート」と呼びなおしてもいい。リモート・アートは、手元に情報端末さえあれば、感染源となりかねない美術館のような大規模施設を必要としない。その意味では、「在宅芸術」(ステイホーム・アート)の典型と考えられる。
日本におけるメディア・アートの大規模な試みは、冷戦構造が解体した直後の91年に、当時のNTTが首都圏の1都6県に広がる電話網を使って組織した「電話網の中の見えないミュージアム」に始まる。スマホはおろかネットさえ普及していないなか、電話機とファクシミリを使い、100人に及ぶアーティストや作家が参加したこの仮想のミュージアムを、かつてのような時代を先駆ける先端的な表現としてではなく、家にひきこもる在宅芸術の原点と考えるなら、今あえて興味深い。
(椹木野衣)=4月23日付西日本新聞朝刊に掲載=
椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。
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