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前衛が見た夢-ソシエテ・イルフとその時代- <3>反権威貫く瑛九 《すべてを作品それ自体で語りたい》

2021/01/18 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 日本が戦争へと向かい、思想への圧力や生活統制が強まる時代に、芸術に夢を見た「前衛」の表現者たち。福岡の「ソシエテ・イルフ」を軸に足跡をたどる。

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転向する画家たち 苦しみにたえ 真理の探究へ​

 ある評論家はそれを「説明できない。味わってほしい」と言った。写真でもあり絵でもある。「フォト・デッサン」と呼ばれる全く新しい表現だった。

 写真家を中心とする前衛集団「ソシエテ・イルフ」の面々が福岡市で出会っていた頃の1936年、宮崎市では一人の青年が写真館の暗室を借りて閉じこもり、眼鏡の奥の目をこらして黙々と作業をしていた。感光剤が塗られた印画紙の上に、人の形に切り抜いた紙や針金、レースを置いて光を当てる。現像、定着させれば奥行きを感じる光と影の中で、何かにからめ捕られたような人の身体が浮かび上がり、不安や恐怖感すら抱かせる。

 この作品を育んだ青年、杉田秀夫は36年冬、一連の印画紙作品を抱えて夜行列車で上京。評論家から激賞され、とっぴな名前に変えるとともに作品集を刊行する。日本の前衛美術史上で鮮烈な存在感を放つ瑛九(えいきゅう)(1911~60)である。

フォトデッサンの原型を作る瑛九さん

 宮崎市で眼科医の家に生まれた瑛九は少年の頃から絵に憧れた。だが公募展では落選続き。写真の専門学校に通ったり、再び絵に熱中したりと興味の対象は変転を続けた。35年、東京の中央美術展で絵が初入選するが<都会のモダン画家などいまのオレにはトンと興味がない><田舎で自分のやりたい絵をかいていいんだ>と知友の画家山田光春に書き送って故郷へ帰る。その後に手掛けたのが、写真の原理を応用しつつ自らの手の動きも反映するフォト・デッサンだった。

瑛九のフォト・デッサン集「眠りの理由」の作品=2020年12月、宮崎県立美術館

 瑛九がフォト・デッサン作品集「眠りの理由」を刊行した36年、美術界はシュールレアリスムや抽象芸術の影響を受けた前衛作家たちが活躍していた。

 日本へのシュールレアリスム美術の受容は1920年代後半に始まる。29年の二科展には鹿児島県出身の東郷青児(1897~1978)や福岡県久留米市出身の古賀春江(1895~1933)が、影響をうかがわせる絵画を発表し、画壇を驚かせた。32~33年にはフランスのシュールレアリスム作品を紹介する「巴里新興美術展覧会」が全国を巡回。福岡市でも福岡日日新聞(現西日本新聞)の講堂で33年2月15日~21日に開催されている。

 フランスでシュールレアリスムに触れた福沢一郎(1898~1992)も帰国後の31年、椅子を食事に見立てて机上に置くなど日常の物品を異常な配置にして不合理な世界を現出した絵画を展覧会に並べ、反響を呼ぶ。

 福沢は39年、所属していた独立美術協会を離れ、前衛傾向の作家約40人を集めて「美術文化協会」を結成した。日本は日中戦争に突入、文化全般に対し「報国」に資する活動が求められ、戦争画が支持されていた。思想統制に力を入れていた政府当局は福沢らの運動を共産主義に近いものと認識。41年、福沢はシュールレアリスムの詩人で批評家の瀧口修造と治安維持法違反の疑いで逮捕される。

 釈放後、協会の集まりに顔を出した福沢は<大いにやる しかしシュールじみた仕事は絶対に止める>と発言した。以後、福沢を含む美術文化協会の画家たちは戦争や日本の神話を描くようになり、43年には<国家の崇高目的に奉仕、進んで之に殉ずるの決意>を表明し、完全に転向した。

 雪崩を打って国策に協力する美術家たちを横目に、瑛九は芸術の本質に考えを巡らせる。兄宛ての手紙では<芸術家はなにびとよりも時代と民族と人道への真理のあこがれに苦しみ、苦しみにたえる力をもたなければなりません>と明かした。戦争画について<民衆を永遠の希望にみちびく事が出来るでしょうか。民衆の心も、芸術も、そんなに甘いものではありません>と疑問も示している。時勢に迎合した結果の戦争画は、「真理」を描いたようには見えなかったのだろう。

 所属していた「自由美術家協会」は40年、「自由の語が戦時にふさわしくない」として「美術創作家協会」に改称。翌年退会した瑛九は宮崎に帰って絵を描き続け、大勢から超然とした姿勢を貫く。「瑛九展示室」を備える宮崎県立美術館学芸員の小林美紀によると、権威に疑問を抱く生き方は終生続いたらしい。 

 「戦後、既成画壇に否定的な考えのもとに結成した『デモクラート美術家協会』も、人数が増えると一種の権威になると自ら解散した」

「すべてを作品それ自体で語りたい」と書いた1937年の記事
「現実について」など、瑛九は雑誌に発表した文章も多い

 表現に主義主張や世評がからみつくことを嫌い、<すべてを作品それ自体で語りたい>と考えた瑛九の態度は、同時代の福岡市で<作品は作者にとって凡(すべ)てである><作品 it selfである>と主張したイルフにも通じる。だが、この時代、誰もが自分の探究心を貫けたわけではない。戦争推進への同調圧力は強まり、写真表現にも影を落としていく。=敬称略(諏訪部真)

=(1月6日付西日本新聞朝刊に掲載)=

 

瀧口修造
1903年、富山県生まれ。日本のシュールレアリスム運動の理論的支柱として、詩作や美術批評に取り組んだ。写真表現にも関心を抱き、38年の「前衛写真協会」結成に加わる。自筆年譜によれば、41年に治安維持法違反容疑で逮捕された際、調べはシュールレアリスムと国際共産党との関係の有無に集中したが、若い検事の取り調べは要領を得ず、<困惑の表情が見え>たという。同11月、起訴猶予処分で釈放。戦後も批評家として活躍し79年に死去した。

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