江口寿史展
EGUCHI in ASIA
2024/11/09(土) 〜 2025/01/12(日)
福岡アジア美術館
2021/07/06 |
前回、パンデミック下での「TOKYO2020」(東京五輪)の開催について書いた。が、アートの世界に引き寄せれば、この20年にわたりある意味、美術館以上に国内の現代美術を牽引(けんいん)し、積極的に海外に発信してきた「芸術祭」(国際現代芸術祭)も、その開催の是非が揺れに揺れている。
主に地方自治体が主催し、辺鄙(へんぴ)な地域ならではの都市とは異質な文化的特性を最大限に活(い)かし、高齢者が多い住民と都市圏からの来客の交流を促進し、観光やインバウンドを推進力に食や協働をキーワードに進められてきた日本の芸術祭モデルは、言ってみれば感染拡大リスクと隣り合わせなのだ。
こうした状況下、昨年の開催が予定されていた「北アルプス国際芸術祭」(長野県大町市)や「奥能登国際芸術祭」(石川県珠洲市)は1年の延期が決定された。その結果、これらに加え、今年はわが国の芸術祭の原点でもあり本丸と考えられる「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」(新潟県十日町市、津南町)や、首都圏でもやはり昨年の開催が予定されていた「房総里山芸術祭 いちはらアート×ミックス」(千葉県市原市)などが重なり、外見的には芸術祭のうえでも過去に例を見ないビッグ・イヤーとなっている。
そんななか、4月に発表された「大地の芸術祭」の延期発表は大きな衝撃を与えた。先に原点でもあり本丸と考えられると書いたとおり、この芸術祭は2000年の初回開催を皮切りに、美術館のように限定的な立地に左右されず、普段はアートとまったく無縁であった地域住民や観光客を広域にわたって結びつけ、平成年間に日本におけるアートをめぐる風景を一変させる推進力となった原型と考えられるからだ。
果たして、日本の芸術祭は今後どうなっていくのだろう。来年には、わが国の芸術祭のなかでも、もっとも成功した事例と考えられ、香川県と岡山県の県境に点在する瀬戸内の離島を主な会場とする「瀬戸内国際芸術祭」が控えている。ワクチンの接種が進み、感染拡大が抑制され、かつての日常が戻ってくれば、変わらぬ以前の活況が取り戻されるのだろうか。それとも、日本の芸術祭はいま大きな転機を迎えつつあるのだろうか。
この問いに結論を出すには、まだしばらく時間がかかりそうだ。すぐに頭に浮かぶのは、他の例に漏れず、芸術祭もまたリモート化を推し進めることだ。実際、美術館での企画展などでは、設置の難しい現代美術でも、リモートでのやりとりである程度の展示を実現することが可能であることがわかってきた。
ただし、観光や食、協働を原動力とする芸術祭となると話は違ってくる。いわゆる「ZOOM飲み会」が、感染リスクが高くてもあっというまに「宅飲み」や「路上飲み」に置き換えられてしまったように、単に実施することと、本質的な人の交流とのあいだには容易には埋めることができない距離がある。ましてや、地域芸術祭での主役と言って過言でない高齢の方々が、そうした情報機器の扱いにまったく慣れていないことは、現在進行中のワクチン接種の予約をめぐる混乱で想定以上の溝をあきらかにしたばかりだ。
アートが常に先端的な試みを取り入れる--当たり前といえばまったくそのとおりだが、こと芸術祭に関してはこの考えをそのまま当てはめることはできない。それどころか、芸術祭のリモート化は、一歩間違えれば、最大の魅力であったはずの世代間交流をむしろ分断してしまいかねない。(椹木野衣)
=(6月10日付西日本新聞朝刊に掲載)=
椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。
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