江口寿史展
EGUCHI in ASIA
2024/11/09(土) 〜 2025/01/12(日)
福岡アジア美術館
2020/07/27 |
印章のつまみ部分に施された極小の彫刻を「印鈕(いんちゅう)」と呼ぶ。3~4センチ四方の石製印章の上で、獅子や龍が生命力みなぎるポーズを見せる、中国伝統の技だ。福岡市の田中愛己(ちかき)さん(42)は、書と篆刻(てんこく)の道を修めようと渡った中国で、印鈕に魅せられた。今では書家、篆刻家、そして印鈕作家の肩書を持つ、日本だけでなく中国を含めても稀な存在だ。日中両国を拠点に、前例にとらわれず技を磨く。
新型コロナウイルスの影響で中国に渡航することができない今、ひたすら作品作りに取り組む。だが本来、仕事は中国に飛ぶことから始まる。原材料の石は、浙江省や福建省などの中国産。同種の石でも、色や模様は部分によって千差万別であるため、産地に足を運び、好みにあう原石を購入する必要がある。石を削り、彫るには、刃の形や大きさが異なる十数種類の道具を使う。すべて手作業で、つややかな手触りに仕上げる。
モチーフは「古獣」と呼ばれる獅子や龍に加え、虎、亀、蛙(かえる)と幅広い。方形のボリュームに収まる抑制された造形ゆえに、内に秘めたエネルギーがにじみ出る。支えるのは高度な加工技術だ。
福岡市出身。東福岡高時代、部活動で書道を始め、その頃から県展や市展で入選を重ねた。大東文化大で書道を学び、卒業後、浙江省の省都杭州市にある中国美術学院に留学。あるとき、店で目にした印材の石を美しいと思った。和菓子のウグイス餡(あん)のような、爽やかな緑色だった。書家にとって欠かせない印だが「日本では、印は中国産の市販品を買うという認識しかなかったし、美しいと思うものに出合うこともなかった」。自分が使いたい印を作ろう、と決めた。
そこから先は、外国から飛び込んだ留学生ならではだったかもしれない。慣習に縛られない感性が、自身を突き動かした。
学院の指導教官には「日本人が習うことはできないし、身につけるには時間がかかる。やめておけ」と言われた。職人がある程度の量を手掛けるため、芸術性、作家性が高い書や篆刻に対し、工芸的要素が強いものとして区別される風潮もあった。
それでも数カ月の間、日々店に通って石を眺めていたら、店の紹介で印鈕職人に出会うことができた。学校の後はその「師匠」のもとに出掛け、一から教えを請うた。手本を渡され「これを一日眺めていろ。見終わったら、同じものを彫れるようになれ」。観察眼と表現力を鍛えられた。
卒業論文では、杭州の印鈕の歴史をひもといた。学外での活動をテーマとすることで教官から批判も受けながら「紙や墨の研究があるのだから、研究対象になって当然」と推し進めた。2008年に卒業。最近は印鈕を研究題材とする学生も増えてきたという。
田中さんの印鈕は、中国での官製展で受賞を繰り返してきた。2009~14年まではほぼ毎年。中国では作品集も製作され、書が専門の九州国立博物館長、島谷弘幸氏が巻頭言を寄せた。国内では15年、東京・銀座の鳩居堂画廊で初の個展を開催。現在は福岡市と杭州市にアトリエを構え、福岡のギャラリーでの個展も増えてきた。今後は「美術館で展覧会ができたら」。印鈕の鑑賞を通じ、道具の中に息づく芸術性を愛でる。そんな文化を育むのが目標だ。(諏訪部真)
=7月23日付西日本新聞朝刊に掲載=
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