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没後50年 松永安左エ門 戦後の経済成長導いた「電力の鬼」の先見性 信念を支えた茶の心

2021/11/07 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 敗戦間もない日本で、国家事業だった電力業の民営化を主導した実業家、松永安左エ門(1875~1971)は、信念を貫くために強硬な姿勢を辞さず「電力の鬼」と呼ばれた。九州電力や東京電力など、各地方の大規模な民間企業が半ば独占的に電力を供給する体制を築いた松永は、安定した電力網によって経済発展を呼び込んだ。没後50年の今年は、茶道具や古美術を熱心に収集した茶人の側面にも光が当たっている。

松永安左エ門(1967年)

 松永は長崎・壱岐の商家の生まれ。上京して慶応義塾に在学中、福沢諭吉から直接教わる機会もあった。実業家としての出発地は福岡市。1909年、同市で「福博電気軌道」を設立し、路面電車を走らせた。同社は合併を繰り返し、22年には九州、近畿、中部地方に電力を供給する「東邦電力」に発展。社長の松永は業界の大物となった。

 この頃、各地に乱立した民間電力会社の競争が過熱し、統制の必要性が叫ばれた。松永は28年に「電力統制私見」を発表し、全国を9地域に分け、一つの地域で一つの会社が独占的に供給する体制を提案した。電力業界を長年研究し、松永の評伝もある国際大副学長の橘川武郎教授(経営史)は「民間活力を生かしつつ、激しい競争は避けるべきと松永は考え、落としどころを探った。かなりの先見性があった」と読み解く。

 だが統制は進まない。戦争に伴う総動員体制構築もあり、電力は39年から国家事業へ。東邦電力も42年に解散し、70歳近くで松永は埼玉県の別荘に隠居した。

 最大の見せ場は戦後に訪れる。電力事業見直しの機運が高まると、松永は政府設置の「電気事業再編成審議会」の会長として、49年に表舞台に戻る。国営体制を解体し、北海道から九州まで全国9地域の会社が発送電、小売りを担う9電力体制を51年に開始した。驚くべき粘り強さで、戦前に唱えた「電力統制私見」を23年越しに実現した。

 「鬼」と呼ばれたのも戦後。民間企業となった電力会社の経営安定のため、料金値上げを断行した。あだ名には非難がにじむが、自ら「鬼」たらんとした面もある。晩年には「生きているうち鬼といわれても死んで仏となりて返さん」と詠んだ。

 電力再編で発揮した剛腕ぶりは戦前からで、講演で「官吏は人間の屑だ」と発言して物議を醸すなど、考えを異にする人を激しく攻撃した。小説家の小島直記は松永を描いた作品を「まかり通る」と題した。
一方で松永は、電力など公益性の高い事業は「政治的配慮を避けて」「純然たる経済問題として処理」するべきだと述懐している。経済的な合理性を重んじ、政治介入を嫌い続けた。

 松永には茶人の顔もある。還暦を迎えて入門し、茶器や書画を次々と入手。コレクション371点を寄贈された福岡市美術館で、代表的な品々や資料を紹介する展覧会を開催中だ。

高麗雨漏茶碗(福岡市美術館蔵)

 「ほしいと思ったら必ず手に入れている。集め方も全力だった」。展示担当の後藤恒学芸員は言う。一目ぼれした「高麗雨漏(あまもり)茶碗」(15~16世紀)は、所有者に懇願して手中に。尾形乾山の重要文化財「花籠(はなかご)図」(18世紀)は、初めて鑑賞して感激した19年後にやっと手に入れた。その収集態度は、電力再編での粘り強さにも通じる。竹製花入れ「宗旦竹一重切花入(そうたんたけいちじゅうぎりはないれ) 銘『普化(ふけ)』」(17世紀)は、片側に反った武骨な姿が、何事にも折れない松永の生きざまのようだ。

尾形乾山「花籠図」(福岡市美術館蔵)

 展覧会では、86歳の松永が高校生の少年2人に贈った富士山にまつわる色紙も紹介。一人に「乾坤第一峯」、もう一人に「来てみればさほどでもなし富士の山釈迦(しゃか)も孔子もかくやあるらむ」と書いた。富士山を称賛しつつ、突き放す。遊び心の中にも「既成の価値観にとらわれるな」とのメッセージがこもる。

 松永が敷いた9電力体制は、日本経済にどんな影響を与えたのか。橘川教授によると、電力各社は国との緊張関係を保ち「今よく言われるような、お役所的な会社ではなかった」。NHKの「プロジェクトX」も難事業として取り上げた関西電力の「黒部川第4発電所」(61年に発電開始)が象徴するように、各社が個性的な経営やサービスを競った結果、供給は安定し、高度経済成長を支えた。

 ただ、73年の石油危機以降、石油原料の火力発電より、原子力発電が重視され始めると状況が変わる。各社が国民に原発の安全性をアピールする過程で国との距離が縮まり、経営が硬直化したという。「政府に助けを求めるようになり、自律経営を重んじる『松永精神』は失われてしまった」

 松永の死後、何度も原発事故があり、原発の将来を巡る議論は停滞した。温室効果ガス削減を目標に本格導入を目指す再生可能エネルギーも、実現の壁は高いとされる。電力を取り巻く課題が山積する今、松永ならどうするか。改めて問いたくなる。 (諏訪部真)

=(11月4日付西日本新聞朝刊に掲載)=


◇福岡市美術館の「電力王 松永安左エ門の茶」は21日まで開催中。

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