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ミュシャ展/なぜ愛し、集めるのか/2人のコレクターを紹介/福岡市美術館で来月4日まで【コラム】

2023/05/17 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 アールヌーボー(新しい芸術)を代表するチェコ出身の美術家、アルフォンス・ミュシャ(1860~1939)の作品は世界中のコレクターを魅了する。福岡市中央区の市美術館で開かれている「ミュシャ展」(西日本新聞社など主催)の展示作品は、全てがチェコの医師ズデニェク・チマル博士のコレクションだ。一方、堺市にある堺アルフォンス・ミュシャ館の所蔵品の中核を成すのは、福岡市に本社があったカメラ量販店「ドイ」の創業者、土居君雄さん(1990年に64歳で死去)が収集したものである。2人のコレクターはミュシャの何に引かれたのか。関係者に話を聞いた。 (塩田芳久)

     ***

●今回展示の全作品を収集 「郷土の偉大な芸術家」リスペクト
【チェコの医師 チマル博士】
 チェコ在住のズデニェク・チマル博士は世界屈指のミュシャコレクターである。「ミュシャ展」のコーディネーターで、博士をよく知るヴァレンティン・ズヴィニョフスキーさんが、チマルコレクションの特徴やミュシャとの関係を語った。

 「ミュシャのコレクターの多くがポスターをメインに集めていますが、チマルコレクションは他のアイテムを数多く集めているのが特徴です」

会場にはアルフォンス・ミュシャの写真も展示されている。写真「自画像(パリ)」1898年/チマル・コレクション

 ズヴィニョフスキーさんは具体例を挙げた。油彩画、本の挿絵、切手、紙幣、菓子のパッケージ。いずれも会場でミュシャの多才ぶりを物語る展示品だ。

 「チマル博士の収集方針を決めたのは、ミュシャ研究の第一人者の学芸員です。将来的に興味深いコレクションを築くには、ポスターだけではいけないとアドバイスしました。2人は協働してミュシャの多彩な作品と人物を探求し、成果を挙げました」

ミュシャ展のコーディネーターを務めるヴァレンティン・ズヴィニョフスキーさん

 ズヴィニョフスキーさんによると、チマル博士はチェコ・モラヴィアにあるミュシャの生家近くに住んでいるという。“地縁”もまた、熱狂的なコレクターとなった要因だろう。

 「チマル博士は医師でありながら、地元の歴史に大変詳しい。ミュシャと歴史を共有しています。周辺にはミュシャを知る人も残っています。父からミュシャのコレクションを引き継ぎましたが、自らの深い地元愛もあって数と内容を充実させていったのでしょう」

 今回展示されている油彩や素描は、量産できるポスターと違い、唯一無二の貴重な作品。日本初公開のものも数多い。

 「ミュシャが14歳の時に描いた装飾的な『J』の文字や学生時代のデッサン、晩年の大作『スラヴ叙事詩』の習作などを展示しています。1人の芸術家の生涯を見渡せるコレクションは、『郷土の偉大な美術家』に対する博士の強い思いの表れでしょう」

 チマル博士はミュシャに加え、チェコの代表的芸術家マックス・シュヴァビンスキー(1873~1962)の作品も収集しているという。「地元愛と同様に博士は母国に深い愛情を注いでいます。それはミュシャが50歳を過ぎてチェコに戻り、母国の絵を描き続けたことと重なります」。ズヴィニョフスキーさんは明快に語った。

●専門美術館の中核に
【「ドイ」創業者 土居君雄さん】
 堺アルフォンス・ミュシャ館は、日本で唯一のミュシャ専門美術館だ。年3回のペースで、さまざまなテーマを掲げた企画展を開いている。現在開催中の「おいしいミュシャ」展では、風味を表現したポスターや菓子のパッケージなどが並び、ミュシャの多才ぶりを伝える。

カメラ量販店「ドイ」を創業した土居君雄さん=1979年、福岡市

 毎回、趣向の異なる企画展を可能にするのが約500点の所蔵品。大半が土居君雄さんがコレクションしたものだ。

 「土居さんは新婚時代を堺市の浜寺で過ごし、その縁で遺族から市に寄贈していただきました」。同館の川口裕加子学芸員が語る。

 土居さんは1960年代から収集を続け、世界有数のコレクションを築いた。「ミュシャの息子、ジリ・ミュシャ氏と親交があり、助言を受けながら体系的に収集に当たったそうです。ポスターだけでなく大型の油彩画や宝飾品、ミュシャのマルチな仕事ぶりが分かるのが土居コレクションの特徴です」と川口学芸員。

 同館によると、土居さんが仕事で海外出張した際にアンティーク・ポスターを入手してミュシャと出合った。ミュシャは実用化間もないカメラを制作に活用していたため、土居さんには親近感があったのだろう。

堺アルフォンス・ミュシャ館に展示されている油彩画 《ハーモニー》 (1908年)。縦約1・5㍍、横約4・5㍍の大作だ

 「堺市博物館研究報告第31号」(2012年)に載った「土居君雄氏によるミュシャ・コレクション収集の経緯と目的」(執筆者・新谷式子)によると、親交のあった洋画家、坂本繁二郎=福岡県久留米市出身=から「君が見て感動した絵が一番いい絵」と助言を受けたことが、後のミュシャ収集の後押しになったという。初期の大型油彩画「クオ・ヴァディス」、代表的な宝飾「蛇のブレスレットと指輪」など、本国チェコにはない貴重な作品が見られるのは、土居さんの確かな審美眼のおかげだろう。

 土居さんは1989年、チェコスロバキア文化功労最高勲章を受けた。 

=(5月17日付西日本新聞朝刊に掲載)=

ミュシャ展 マルチ・アーティストの先駆者 
6月4日まで。入場料は一般1700円、高大生千円、小中生600円。事務局=092(711)5491(平日午前9時半~午後5時半)。

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