キース・へリング展
アートをストリートへ
2024/07/13(土) 〜 2024/09/08(日)
09:30 〜 17:30
福岡市美術館
2024/07/29 |
言葉や国を越える普遍性
シンプルでかわいくて軽やか。福岡市美術館(同市中央区)で開催中の「キース・ヘリング展 アートをストリートへ」は、米国の画家キース・ヘリング(1958~90)に多くの人が抱くイメージをひっくり返すかもしれない。画業をたどる約150点は、大衆や社会に向けてアートの地平を切り拓き、31年を駆け抜けた青年の複雑で多彩な横顔を見せる。
ピラミッドやUFO、性別も人種も不明な人や動物のシルエット。社会風刺にも、思い付いたままの落書きにも見える。ヘリングを世に知らしめた「サブウェイ・ドローイング」はニューヨークの地下鉄で描いた作品群。広告板に張られた紙にチョークで素早く描いて列車に飛び乗り、別の駅でまた描くことを80年から6年間続け、違法行為として何度も逮捕された。本展では7点を紹介している。
20歳でニューヨークへ出たヘリングは、美術学校で絵画や映像を幅広く学んだ。専門教育を介さない芸術に光を当てて「アール・ブリュット」と名付けたジャン・デュビュッフェにも影響を受けたという。当時の日記には<アートは大衆を無視した、少数のブルジョアのために作られるべきではない>とある。
その頃、街は貧困や犯罪がまん延していた。一方で社会への反抗心をエネルギーにした音楽やアートが熱を帯びていた。ヒップ・ホップミュージックの発信地であるクラブに通ったヘリングの出発点は、そんなストリートからだった。グラフィティがひしめく地下鉄は危険な街の象徴だが、ヘリングにとっては作品を多くの人に見せ、アートを大衆へ開放する最適な場所だった。制作は「正統なアート」の問い直しでもあった。
自身がゲイであると公表した当事者であり、差別が身近にあったヘリング。世界で有名になっていったが、自分らしくいられるのはなお、有色人種や同性愛者などの「マイノリティー」が集うコミュニティーだった。HIV予防や反黒人差別、麻薬撲滅、核廃絶といった社会的メッセージを盛んに発していった。
本展では、88年の広島でのチャリティーイベントで描き下ろした「ヒロシマ 平和がいいに決まってる‼」を含む、アート・アクティビストの先駆者としての11作品を見せる。
そのうちの一つで、3人のシルエットが並ぶ「無知は恐怖 沈黙は死」(89年)は、日光東照宮の「三猿」のようだが、伝えるのは正反対のメッセージだ。エイズへの無関心や差別に対し「目を向け、声を聞き、発言しよう」と訴える。ピクトグラムのような造形で構成した絵は、言葉や国や時代を越えて現代社会に届く普遍性がある。
トレードマークの「ラディアント・ベイビー(光る赤ん坊)」が代表するように、ヘリングは人間や犬、妊婦などのモチーフをさまざまに組み合わせて描き、ほとんどの作品について意味を語らなかった。繰り返し描いたモチーフを表のように並べた「レトロスペクト」(89年)を見ると、一つ一つがヘリングの言語で、派生した作品は暗号文のようにも思える。
ただ「解読」しようとする鑑賞者にヘリングは言う。<鑑賞者もアーティスト。どう考え、どう理解するかだ>。アートを「開いた」だけでなく、どう関わるかも個々に委ねる。ヘリングの作品と言葉は、分かりやすさや正解を、他者やAIにまで求めている現代の私たちに、主体的に生きて、主体的に未来を創ろうと呼びかけているようだ。 (川口史帆)
■キース・ヘリング展 アートをストリートへ
9月8日まで、福岡市美術館。一般1800円など。実行委員会(東映)=092(532)1081。
=(7月25日付西日本新聞朝刊に掲載)=
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