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押し寄せる黒と白の木版画。厚みある内容に身震いした「闇に刻む光」展【レポート】

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木下貴子
2018/12/23
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7章「1960s-70s ベトナム戦争の時代:国境を超えた共闘」より
(写真中央)ミヤーン・エジャーズル・ハサン「ドン!」1974年 福岡アジア美術館蔵


実はこの絵画の左に描かれている、赤子を胸に、右手に銃をもつ女性は元ネタがあり、それが中国作家による木版画なのである。この木版画は上写真からもわかるように、他にもインドネシアの新聞の挿絵、香港の雑誌の表紙などアジア各地に伝播し、さらに欧米でも多くの印刷物に使われたという。アイコンとして世界的流通を果たしたこの事例から、木版画のシンプルゆえに流布しやすい特徴がうかがえる。

リン・ジュン(林軍)《血が浸み込んだ大地》『木刻組画 南方来信』個人蔵


ちなみにチラシ、ポスターのメインビジュアルに使われているレオニーリョ・オルテガ・ドロリコン作《農園の中で》は、8章「1970s-80s フィリピン:独裁政権との闘い」で見ることができる。


9章「1980s-2000s 韓国:高揚する民主化運動」では、1980年以降の韓国の「民衆美術」における木版画が紹介される。政治集会やデモ、出版や市民学校など運動の様々な局面で、木版画は重要な役割を果たすとともに、その制作流通の全過程において全アジアの木版画運動のピークを形成したという。

9章の会場風景より


高まる民衆化運動で多くの民衆美術家たちが残した民衆の声、運動の記録などの声を反映した作品を見ることができるが、中でも重要とされるホン・ソンダムの光州民衆抗争を告発した版画連作《五月版画》は見逃せない。

 

ホン・ソンダム《五月-25 大同世-1》1984年 福岡アジア美術館蔵



韓国の民衆化運動において木版画は、美術館・ギャラリー以外の多様な場所で展示され、さらには民主化運動の出版物、文学や社会科学の書籍の表紙などにも多用されたという。ここでまた、木版画のメディアとしての役割を強く考えさせられる。

そして2000年代へ。様々なメディアや美術表現によって木版画の影は薄くなったが、一部地域で再び反骨精神の表現に木版画が使われている。最後の10章「2000s- インドネシアとマレーシア:自由を求めるDIY精神」では、木版画メディアが復活をとげ、その影響が国外に広がる様が紹介される。

10章の会場風景より


インドネシアの〈マージナル〉〈タリン・パディ〉、マレーシアの〈パンクロック・スゥラップ〉という3つの活動集団(コレクティブ)の作品が展示される。彼らがなぜ表現手段に木版画を使ったのか理由は定かではないが、画面をびっしり埋め尽くしたり言葉を入れる表現に木版画の効果が加わり、非常にインパクトがある。

パンクロック・スゥラップ《ボンクッド・ナマウス》2016年3月(部分) 個人蔵

 

タリン・パディ《あらゆる採掘は生活をおびやかす》2010年(部分) 福岡アジア美術館蔵


 

会場を出たところでも〈マージナル〉や〈タリン・パディ)の活動記録などが展示されている

本展ではプロパガンダ的な作品は展示されていない。個人の、あるいは個人が集まった集団という民衆の下からの声を代弁する作品が主だ。いわば今の時代のSNSの先駆けであるとも解説にはあるが、大きく違うのが木版画は削って刷るという手間と暇がいることである。しかも削るには強い力がいるし、失敗すると一からやり直しという緊張を強いるようなものだ。簡単に発信、拡散できるSNSを含むいまの私たちをとりまくメディアと比較することで、メディアの在り方を今一度考えさせられる。

それにしても、ひととおり見るのにどれくらいの時間を要しただろう。「全部を見るには、あと何回か来ないと」という声も周りからけっこう聞かれる。最近、エンターテイメント性が強かったり、人気のあるテーマをとりあげる、つまり観客に寄っていく美術展が多くなっているように思える。それは美術や文化が浸透するためにもまったくもっていいことだ。だが、その真逆ともいえるような、あるいは教育・普及・研究という美術館の役割が全身全霊で発揮されたような、つまり気骨のある美術展を久しぶりに見て、身震いした。

これほど厚みある展覧会が実現できたのも企画者たちの情熱と、来年20周年を迎える福岡アジア美術館の実績の積み重ねがあってのことだろうと、最後に付け加えておきたい。

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