江口寿史展
EGUCHI in ASIA
2024/11/09(土) 〜 2025/01/12(日)
福岡アジア美術館
2020/05/26 |
新型コロナウイルス対策で家にとどまるのが日常になってから、夜寝ると夢を見がちになった、夢の質が変わったという話を聞くようになった。都市伝説めいた眉唾に思えないでもないが、知人友人から似た声が届くと、むやみに軽視できない気がしてくる。
こんなことになる前は、私たちの家の「外」が現実の社会だった。これに対して家の「内」は、慣れ親しんだ家族と団欒(だんらん)し、娯楽や就寝をはじめとする休息をとる場所だった。しかしパンデミックでこの対比は大きく変わった。
まず、家の外が社会活動のたちいかない悪夢の世界となった。これに対し、家の中が社会と繋(つな)がる仕事という現実の場となった。つまり、家の外と家の中との関係が逆転したことになる。
家の中がすでに社会なのだから、私たちが娯楽や休息をとる機会は就寝後の世界しかない。つまり、外から順番に押し込まれ、結果的に夢の世界が「娯楽や休息」のための最後の貴重な領野となったのだ。いきおい夢には、娯楽や休息のあとに見る単なる余剰以上の意味が担わされることになる。そのことが、先に出た夢の質の変化と関係してはいないか。
前にこの連載で、20世紀初頭のスペイン風邪によるパンデミックが、現実からの逃避的なひきこもりを生み、そのことでダダイズムやシュルレアリスム、抽象芸術のような「前衛」美術が生まれたと書いた。それまでの正統的な芸術を現実と考えるなら、それらはさながら悪夢のように毒々しく夜に花開いた。
実際、シュルレアリスムはフロイトの『夢判断』などに触発され、夢に驚くほど多くのインスピレーションを求めた。これは私たちがいま、ウイルスを避けて家にこもり、夜になると夢見がちになることと無関係でないかもしれない。
外界からの感覚刺激を遮断することで内にこもり、夢や無意識に自由の活路を見出すこうした営みは、科学的にもかねて実験されてきた。1950年代に米国西海岸の神経生理学者、ジョン・C・リリー博士は、「アイソレーション・タンク」と呼ばれる、外界からの感覚刺激を遮断するための実験装置を開発した。その結果、被験者は大脳にしまわれた過去の記憶が、現実の時間空間の束縛を離れ、自由に活動するようになる(変性意識状態)ことがわかってきた。
このことは科学界のみならず、多くのアーティストたちの関心を呼び、英国の映画監督ケン・ラッセルは『アルタード・ステーツ/未知への挑戦』(1979年)でこれを取り上げ、広く知られるようになった。アート界でも、ヤノベケンジの「タンキング・マシーン」(1990年)やジェームズ・タレルの「ガスワークス」(1993年)は、この系譜上にある。
注意しなければならないのは、リリー博士の研究が冷戦期において、拘束した敵から都合よく情報を聞き出す効果があると考えられたことだ。人間は外界からの感覚を遮断されると、時間と空間の手掛かりを失い、理性のタガがはずれ、意識が幼少期にまで後退し、簡単に自白してしまうことがわかっている。
私たちが家にこもり、夢に自由を求めるなら、他方でそれは、家というアイソレーション・タンクに止まり、夢のなかで変性意識状態となり、過去の記憶を際限なく呼びさましてしまう状態に近づいているのかもしれない。(椹木野衣)=5月21日付西日本新聞朝刊に掲載=
椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。
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