江口寿史展
EGUCHI in ASIA
2024/11/09(土) 〜 2025/01/12(日)
福岡アジア美術館
2020/07/10 |
スーパーマーケットやコンビニでレジ袋が有料化された数日後、熊本県での記録的な豪雨で甚大な被害が発生した。前者は「日常」の暮らしにまつわることで、後者は「異常」気象の産物だ。両者はまったく無縁に感じるかもしれない。けれども、買い物をすれば好きなだけビニール製のレジ袋がもらえたこと自体が、かなり「異常」なことではなかったか。
あたりまえすぎて気がつかなかったかもしれない。けれども、それはある意味、利便性を追求した人類の近代文明がたどり着いた豊かさの頂点であった。それがついに頭打ちになった。人間が暮らす環境そのものが破壊されれば、利便性も日常もないからだ。その最たる例が、記録的な集中豪雨の異様なまでの多発だ。相次ぐ新型ウイルスによるパンデミックと同根かもしれない。一見しては無関係と思える事象が、地球という次元では繋(つな)がっているのだ。
実のところ、新型コロナウイルスがどのようにして登場したのか。わからないことは多い。けれども、もともと人の手が届かない領域で特定の動物と共生していたウイルスが、安定した生息の大前提であった森林の破壊や商取引の横行で、動物からヒトへと感染する経路を作り出した可能性は否めない。本来、こうした閉じられた生態系は、めったなことでは外に剥(む)き出しになることはなかった。利潤をなにより優先するグローバリズムの暴走は、そんなパンドラの箱さえ、やすやすと開けてしまった。そうなら、利便性ばかりを追求した私たちの日々の生活と、やはりどこかでつながっていたことになる。
もっとも、森林や動物はしゃべることができない。ゆえに抗議の声を上げることはない。ところが、楳図かずおによる異色の大作『14歳』は、数多くの動物を絶滅させ、地球そのものを破壊するに至った人類の身勝手に対し、動物や植物が実力行使に出る。虐げられ、食料として消費されるだけだった動物は、人工培養されるササミの肉から鳥人、チキン・ジョージ博士を生み出し、人類に復讐(ふくしゅう)を遂げようともくろむ。地球のへそにあたる長寿の巨木を切り倒された植物は、地球全体でいっせいに枯れ、死すべきおとなたちを見捨て、葉緑素を人間の赤ん坊に移して、地球から宇宙へと脱出しようとする。
荒唐無稽だろうか。いや、楳図が『14歳』の前半で描くクライマックスには、人類の破滅を間近に控えた先進国の国家元首たちが、自分たちで陥った解決不能の難局を前に、テレビ電話を通じ、なす術もなくたがいに懺悔(ざんげ)し合う国際会議の様子が出てくる。これとよく似た場面を、わたしたちは新型コロナウイルス感染症のパンデミックの報道を通じ、テレビの画面で目撃したばかりではなかったか。
いずれせよ、地球上にいったん解き放たれた新顔のウイルスは、本来であれば人類のすべてが感染し、ようやく抗体を獲得するまで広がり続ける。それまでにどれだけの犠牲が払われるかについては、まったくの未知と言ってよい。これに唯一、逆らうのが医学という人類の武器である。そのことを考えると、動物の代表、チキン・ジョージ博士が科学者であったのは興味深い。そしてチキン・ジョージ博士は、人を超えたその知識と技術ゆえに、本来の目的を遂げることなく自滅するのである。(椹木野衣)
=7月9日付西日本新聞朝刊に掲載=
椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。
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