江口寿史展
EGUCHI in ASIA
2024/11/09(土) 〜 2025/01/12(日)
福岡アジア美術館
2023/02/27 |
少し前に家に息子が使う地理の教科書が再送付されてきた。ぱっと見にはなにも変わらない。なんだろう、と思っていたら、驚いたことに1200カ所にも及ぶ訂正があり、再配布されたのだと先頃の報道で知った。しかも、文科省の検定にも合格しているにもかかわらず、なのだ。気になって調べてみると、南米のマゼラン海峡とか、中国の山西省とかにまつわるものまであり、けっこうとんでもない。なぜ、こんな事態になったのか。記事を読むと背景に新型コロナの感染防止で業務が在宅となり、校閲作業上でのコミュニケーション不足が絡んでのことだという。
コロナ禍で在宅勤務が増え、オンラインでのやりとりが激増したことについては、誰もが覚えがあるはずだ。わたしも当初は四苦八苦した。ただ、これを機にオンラインで済むぶんにはオンラインで、というやり方が定着したのも事実だろう。主に会議のたぐいだが、わたしはオンライン会議なるものがひじょうに苦手で、いまだに慣れない。なんというか、対話がもっとも重んじられるはずの会議というより、間を読んで順繰りに発言する報告会のようで、臨場感にも乏しく、生産性が著しく落ちているように感じられたからだ。アートにまつわることはなにより創造性が重んじられるので、他の分野と同じには考えられないかもしれないが。
ただ、出版や編集はコロナ禍の前からすでにおおかたがリモート・ワークに対応できていて、原稿の執筆などはもとからが自宅仕事だ。著者と編集者が必ず顔を突き合わせたのは、すでに遠い昔である。そんなふうに考えると、教科書をめぐる今回の異例な事態の本当の理由が、はたしてコロナ禍による自宅勤務の増加なのかどうか判断が難しい気もする。だが、それでも新型コロナの蔓延(まんえん)がなにがしかの影を落としているのは事実だろう。
アートの世界でも、感染リスクとなる「密」を避けるため、美術館やギャラリーでの設置で、アーティストやキュレーターが現場に立ち会うことなく、通信だけでやりとりをし、遠隔から指示を出すリモート展示がこのところ増えている。それはそれでノウハウも蓄積しつつある。しかし先のようなことがあると、本当にそれでよいのか心配になってくる。
わたしが思ったのは、コロナ禍を理由に遠隔的なコミュニケーションが増えることで、わたしたちはいつのまにか、対話において欠いてはならないはずの何かを失ってしまったのではないか、ということだ。少なくともコロナ禍で、わたしたちは以前にも増してオンラインとそのインフラであるネットの内部世界へと依存するようになった。その結果、他者を「実感」してやりとりすることが減り、結果的に至るところで分断と衝突、憎悪が燃え盛るようになっている。
実は、このことは日常的なやりとりや日頃の仕事のうえだけでなく、国と国、政府と政府がやりとりする首脳陣同士でのあいだの外交や、世界の行く末を決める国際的な議論の場でさえ起きていないか。ことの重大さに違いこそあれ、ネットに頼るという点での危うさにはなんの違いもない。とすると、まさにコロナ下で勃発したロシアとウクライナとのあいだの戦争や、その後の欧米や中国、日本らも巻き込む泥沼化にも、もしかすると同じこと(たとえとして1200カ所にも及ぶ訂正)が背景にありはしないだろうか。(椹木野衣)
=(2月23日付西日本新聞朝刊に掲載)=
椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。
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