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【連載】藤浩志 地域と美術のすきまのやもり 29

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藤浩志
2017/11/25
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記号のない世界​

 ぞうさんはおはなが長く、きりんさんは首が長い。うさぎさんは耳が大きい。小さい頃から数々の絵本やアニメで知っている。動物園に連れて行ってもらい「あ、本当にはなが長い!」と刷り込まれた記号を確認する。今では手のひらに乗せた薄っぺらい画面に、世界のすべての、どんな大きな生物でも怪物でも、宇宙の全てが記号化されて入っている。記号が社会にあふれ、実体はどんどん隔離されて行く。
 僕が接したパプアニューギニアの学生たちは、記号化された画像や図像を見たことがなかった。そこには実体と気配しかない。「人間がこんな小さな画用紙に入るわけがない」と指摘されて、自分の暮らしている世界がいかに歪(ゆが)んでいるのかを思い知る。
 僕がパプアニューギニア美術学校に赴任したのは建国10年の頃。現地のピジン語での新聞が発行され、ラジオ局ができ、国営テレビ放送局が開局しようと準備していた。映画のビデオ上映を都市部や地方都市の街角で行っていたが、子ども用の絵本とか、雑誌とかはまったくない。子ども達は森や川や海で過ごしている。もともと文字もない。紙や鉛筆もない。
 子どもの頃に好きで描いていた絵描き歌を思い出した。棒が一本あったとさ、葉っぱかな…と歌いながら描くコックさんの絵。なぜだか気に入ってその絵ばかりを描いていた記憶がある。しかしその横顔を描いたことはなかった。警察官にもお医者さんにも仕上げたことがない。記号をなぞるだけだった。日本の子ども達は、キャラクターとか絵本にあるような動物や乗り物の記号をなぞって描けるが、本物を見ながら描く子なんてほとんどいない。今やすべての実体がデータ化され、3次元の仮想空間で遊ぶ時代になった。何がいいとか悪いとかではない。自分が暮らしているところの常識がいかに脆(もろ)いかということだ。薄っぺらい画面に絶対に入らない実体や気配が存在するということだ。世界は記号だけで作られているわけではないのだ。(美術家。挿絵も筆者)=8月9日西日本新聞朝刊に掲載=

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