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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<1>グローバリズムの光と影 アートフェア、国際展… 中止は一時的現象か?【連載】

2020/04/01 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 

 米国トランプ大統領が、移民の流入による国家的な損失を非難し、メキシコ国境の壁を強化すると発言し、世界のリベラル層の非難を買ったのは記憶に新しい。ところが、新型コロナ・ウイルスの蔓延(まんえん)がみるみるうちにパンデミックにまで達すると、今度はヨーロッパの先進諸国が、競って国境の封鎖や入国の制限を断行している。世界はまたたくまに一変した。今や至るところ障壁だらけだ。

 ヨーロッパといえば、「鉄のカーテン」の異名で呼ばれた米ソによる冷戦構造を象徴したベルリンの壁が解体して以降、およそ「壁」とはもっとも縁遠い所作をとり続けてきた。国境を緩め、通貨を統合し、関税を低くしてヒト・モノの流動性を極限まで高めてきた。そしてそのことで、19世紀以来の近代国民国家とはまったく異なる共同体の未来(=EU)を模索する壮大な実験へと足を踏み入れたのだった。

 ところが現状はどうだろう。新型コロナ・ウイルスの爆発的な感染をせき止めるため、EUは再び国家の壁によって分断された。むろん、これはトランプ大統領のような差別的な言動によるものではない。またEUが根本から原理原則を変更したわけでもない。感染を一刻も早く鎮めることが肝心なのは当然だからだ。けれども、冷戦解体以後の脱国家的な世界秩序を率先して目指したEUのような共同体の奥底に、このような国家的な分断の余地がしっかりと残されていたことが、今後に及ぼす影響は決して小さくない。

 美術やアートも例外ではない。冷戦構造の解体以降、世界を覆い尽くしたグローバリズムの波に乗って、美術やアートもその可能性を飛躍的に拡大してきた。グローバリズムとは、とりもなおさず経済的な流動性を高めるものだ。ゆえに、それを遅延させてきたイデオロギー闘争の余波としてのアートをめぐる主義(イズム)や主張、批評や歴史観はすっかり影を潜め、これに代わり自由で透明な市場がもっとも大きな力を持つことになったのだ。

 その結果、従来はビジネスの一環として軽視されていたアートフェアがいたるところで台頭し、美術作品は株式市場での債券のように扱われるようになった。同時に、トリエンナーレやビエンナーレと呼ばれる、国家への帰属を超えて短期的な移動・制作を前提とする大規模な国際現代美術展が、美術館に代わってアーティストたちの主要な発表舞台となった。さらにはネットの浸透やLCCの普及がこれを力強く後押しした。ところが、今やそのすべてにストップがかかっている。

 これは一時的なものだろうか。そうとは思えない。近年、世界で深刻な問題を引き起こしている気候変動と並び、今回のような瞬時と言ってよいパンデミックは、人類の地球規模での経済的な活動拡大と過熱がもたらした側面が大きい。つまり、グローバリズムが私たちにもたらした恩恵とまったくの表裏なのだ。それどころか、目に見えないウイルスはヒトやモノの移動をはるかに超えた透明性・越境性を持ち、人類が地球規模で活躍するための条件を先回りして一変させてしまう。分断というなら、アートの世界もまた、新型コロナ・ウイルスによるパンデミック以前と以後とで、後戻りすることのできないほどの変質を余儀なくされるはずだ。(椹木野衣)=3月26日付西日本新聞朝刊に掲載=

 

椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

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