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「リモートの時代」 空間に身を置く意味は? 熊本市現代美術館で谷川俊太郎展【コラム】

2020/07/31 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

詩の「展示」が問う 足運ばなければ味わえぬ世界

 詩人の谷川俊太郎さん(88)は、岩波文庫から出た自選詩集のまえがきにこう記した。「気軽な座右の、あるいはまた旅先の読み物になってくれることを願っている」。どこででもページを開いて楽しめるのが詩集の魅力の一つであろう。一方、熊本市現代美術館の企画展「谷川俊太郎展」は全く角度が違う詩の鑑賞法を提示する。特有のリズムを音響と映像で表現し、詩を文字情報としてではなく、質感のある展示物として会場に配置し、足を運ばなければ味わえない詩的な体験に人々をいざなう。

谷川俊太郎さん

 谷川さんは1931年、東京生まれ。52年に詩集「二十億光年の孤独」でデビュー。現代詩の世界で活躍しつつ、レオ・レオニの絵本「スイミー」の翻訳や、言葉のリズムを追求した「ことばあそびうた」で、子どもから大人まで親しまれてきた。2010年には公式ツイッターを開始。フォロワーは23万人を超す。

 そんな日本で最も知られた詩人の作品を紹介する会場にはまず真っ暗な空間が用意されていた。足を踏み入れると、「かっぱかっぱらった」「かっぱなっぱいっぱかった」と、谷川さんの声が響き渡ってくる。言葉遊びの性格が濃い作品「かっぱ」(1973年)のフレーズだ。部屋を囲むように置かれた24台のモニターには1文字ずつ言葉が映し出され、気づけば来場者は、絶えず体の向きを変え、次々に光る画面を目で追うこととなる。音韻の面白さを映像と音が増幅していく。

 身体的に詩を堪能できるのは、「私は背の低い禿頭の老人です」から始まる20行の「自己紹介」(2007年)の各行を、柱状の展示ケースに印刷し、林立させた部屋である。鑑賞者は柱を見上げるように、詩を1行ずつ読む。詩の後半ほど展示ケースが奥に置かれ、部屋の入り口では作品の全貌は分からない。自身の体を前進させることで読み進められる趣向だ。

2007年の詩「自己紹介」のフレーズが林立する展示室

 柱一面に大きく書かれた全文を歩きながら読んでいると、小さな字を目で追うときよりも、立ち止まって胸の中で反すうしたり、数行戻って読み返したりすることが増える気がした。小さくなった自分の身体が本の前に立っているような感覚にもなるから不思議だ。

 展示ケースには、各行の言葉に関連した谷川さんゆかりの品々も並ぶ。例えば「もう半世紀以上のあいだ」では、谷川さんが詩作に使ってきたワープロ、「どちらかと言うと無言を好みます」では、「鉄腕アトム」の主題歌など作詞を手掛けたレコード、「室内に直結の巨大な郵便受けがあります」では、武満徹、高橋睦郎、三島由紀夫、俵万智らと交わしたはがき―といった具合である。

 本展は、18年に東京オペラシティアートギャラリーであった展示を基に構成した。谷川さんは熊本市を拠点に活動する詩人伊藤比呂美さんと交流があり、同市発の文芸誌「アルテリ」に寄稿したこともある。そんな縁もあって実現した熊本会場には、独自の内容も追加されている。

書き下ろしの詩「ここ」は壁一面に記されている

 一つが、「ここ」と題した書き下ろしの新作。「ここに なにをおこう」から始まる詩は、「もじにかかなくていい いしにきざまなくていい すぐきえさっていいことばを いまここに おく」「すると ほら ここが ほんとのここに なる」と結ばれる。
この詩がまさに示唆するように、言葉を展示する今回の企画展は、美術館という場所に新たな意味を与えようとしていた。何かにつけ「リモート」が浸透した時代だからこそ、空間に身体を置く行為は何物にも代えがたい。コロナ禍で存在意義が問われる美術館は、詩人がさらりと書いた「ほんとのここ」となれるだろうか。 (諏訪部真)

=7月29日付西日本新聞朝刊に掲載=

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