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【コラム】藩主父子の眼-人生は後半から-<上>松浦静山 鎖国の世 知の大海を泳ぐ

2026/02/03 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 特別展「平戸モノ語り 松浦静山と熈の情熱」には、肥前国平戸藩の9代藩主静山と、その息子である10代熈が集めた逸品が並ぶ。外様大名で幕府の中枢に入ることができなかった2人だが、年を重ねてから他の誰も成し遂げない独自の道を打ち立てた。人生は後半からが面白い。そう思わせてくれるような父子の生涯をたどりながら、現在にもつながる鋭い「眼」を見いだす。 (大矢和世)

代々、海とともに生きてきた松浦氏。鎖国で海が封じられた時代、静山は情報の大海を泳いだ。
平戸城から海辺を見下ろす=長崎県平戸市

 「勝(かち)に不思議の勝あり、負(まけ)に不思議の負なし」。プロ野球の名将野村克也さんの名言として有名なフレーズだが、実は“元ネタ”がある。松浦静山(1760~1841)が自身の剣術書に書いた言葉だ。博覧強記で剣術の達人という文武両道ぶり。「学者大名」と一目置かれる一方、蘭学(らんがく)への傾倒から「蘭癖(らんぺき)大名」とも揶揄(やゆ)された。特別展で展示中の「三勇像」では、絵に描かれるのを好まなかった静山の珍しい肖像が残る。晩年の80歳ながら、表情から厳格さが伝わる。一体どんな人物だったのか。

ほとんど肖像画がなかったという松浦静山(右)。
80歳の頃の絵の眼光は鋭い=「三勇像」より(松浦史料博物館蔵)

 現在の長崎県北部から佐賀県北部を拠点にした松浦党をルーツとする。小島が連なる入り組んだ海岸線を熟知し、海流の扱いにたけた海の武士団だ。元の襲来では前線で戦い、海外交易の要衝を握って繁栄した。豊臣秀吉の九州平定後、平戸松浦氏として領地を認められた。

 江戸幕府が成ってからは外様大名に甘んじた。初期まで平戸にあったオランダ商館は取り壊され、機能は長崎・出島に移転。鎖国が完成する。目前に海が広がりながら自由な航海は許されない。そんな時代、膨大なあらゆる情報と史料を集め、知の大海とも言える中を泳いだのが静山だった。

 戦乱なき世、武家の間では由緒ある書や古物を集める「好古(こうこ)ブーム」が起きた。特別展を担当する九博の松浦晃佑主任研究員は「武家の存在意義が低下する中、自らの地位を高める材料として、古物を集めて歴史を学ぶ風潮が生まれた」。

 ただ静山の場合、素養が際立っていた。幼い頃にもらった瓦の破片を大切に保管。その上で太宰府など各地の古瓦を集めて拓本を取り、入手の経緯などを書きまとめた。祖母から「武芸を見て学びなさい」ともらった合戦絵巻を「真が写し取れていない」とわざわざ絵師に模写し直させた。ただ集めるだけでなく、検証し、適切に位置付けて分類する。いわば博物学者のような姿勢が備わっていた。

 1779年、静山は平戸に「楽歳堂文庫」を設置する。武家の教養に欠かせない漢籍にとどまらず、出島を通じて入手した地球儀や天球儀、洋書に、アイヌ民族関連の資料、鉱物、古銭、出土品などあらゆる分野の書物や史料を収蔵した。「蘭癖」は一面に過ぎない。

平戸城の草陰にひっそりとたたずむ
「楽歳堂文庫跡」の石碑
=長崎県平戸市

 所蔵の目録は自ら書いている。つまり収蔵品は一通り目を通したということ。目録には欄外の書き込みや付箋が目立ち、収蔵後も考証の手を休めなかったことがうかがえる。現代に続く約3万件ものコレクションの礎を築いた。

 なぜそこまで収集に情熱を注いだのか。趣味でもあっただろうが、目録にびっしりと書き込まれた筆を見ると、鬼気迫るものすら感じる。その意味を考える上で、気にかかる人物がいる。時の老中、松平定信だ。

 静山より少し年上の定信は各地の寺社などに伝わる宝物を調査・記録する「集古十種」を編集するなど、好古趣味を持つ人物だった。静山は定信を尊敬し、親交を結んだ。そして定信の娘は熈に嫁ぎ、定信とは縁戚の間柄となった。この行動の裏に、静山の立身出世の野望があったことは想像に難くない。だが、静山が47歳で隠居するまで、ついに出世の夢はかなわなかった。

 「静山が集めた膨大な史料が幕政に生かされた可能性はある」とみるのは、九州大大学院(日本近世史)の岩崎義則准教授だ。静山が幕府の儒者である林述斎に書物を貸していた記録があるという。「述斎から静山に『これを貸して』とは言わない。形式として、静山がリストを作り『このようなものを出しますがいかがでしょう』というやり方。でも実態としては述斎が静山に『いい本を持っているね』と持ちかけたのでは」

 述斎は定信が大学頭に抜擢(ばってき)し、定信が老中を退いた後も任に当たった、いわば幕政の中枢にいる人物だ。当時、ロシア使節が根室に来航して幕府に交易を求める(1792年)など、少しずつ鎖国のほころびが見え隠れする時代にあった。

 静山はあらゆるものを集めるために幅広い人脈を築いていた。表だっては動きにくい幕臣に代わって情報や書物を集めていたとしたら―。あくまで想像ではあるが、その姿は、悠々と知の大海を泳ぎ回る、海の民そのものである。

 静山は82歳で没するまで、江戸で30年以上にわたる隠居生活を送った。収集を続ける一方で、並び立つ者のいない偉業を打ち立てることになる。随筆「甲子夜話(かっしやわ)」の執筆である。

「たわむれのことも書き残さなければ後の世には知られない」
との趣旨が書かれた「甲子夜話三篇」(松浦史料博物館蔵)

 1821年11月17日の「甲子の日」に、述斎が「これまで見聞きしたことなどを子孫のために伝えてはどうか」と静山に執筆を勧めた。その日から亡くなるまで20年間書き続け、全278巻にも及ぶ長大な随筆が生み出された。

 内容は収集品と同様、ありとあらゆる事象が連なる。旗本の佐野善左衛門が田沼意次の息子意知を切った刃傷事件。大名行列の細かな装束の様子。浦賀に来航したイギリス船。天下を騒がせた鼠(ねずみ)小僧の供述内容。子どもの頃に経験した怪談話…。硬軟取り混ぜ、筆の赴くまま、静山はつづった。「森羅万象の小宇宙であり、百科事典。笑い話や小説の元ネタなどが注目されがちだが、19世紀日本が到達していた知の最前線、人的交流や学術情報が凝縮していると捉える必要がある」と岩崎准教授は語る。

 松浦氏の現在の当主で、茶道鎮信流十三世宗家の松浦章さんは、静山の探究心に、現代を生きる者へのヒントを見る。「物事に深く興味を持つ。スマートフォンで分かった気にならず『待てよ』と立ち止まる。静山公のようなある意味しつこい態度があって、進歩があるのではないですか」

 静山は甲子夜話の一節で<戯謔(たわむれ)のことも、書貽(かきのこ)さざれば後の世には知れず>と書いた。あらゆることがデジタルデバイスを通じて行き交う現代。たわむれか真剣かを問わず、果たしてそのうちどれほどのことが、200年先にまで残るだろうか。静山の執念をほんの少しでも取り入れなければ、私たちはたちまち海の藻屑(もくず)と消えるかもしれない。

松浦史料博物館

▼松浦史料博物館
1955年、松浦家に残る約3万件の史料や私邸などが財団に寄贈されて創設。長崎県平戸市の明治時代に建てられた居宅が活用された。長崎県で最も早く始まった博物館。甲冑(かっちゅう)や絵画など常時約200点を展示している。


▼特別展「平戸モノ語り 松浦静山と熈の情熱」 3月15日まで、福岡県太宰府市の九州国立博物館。九博開館20周年と松浦史料博物館開館70周年を記念する。平戸松浦氏に伝来した史料103件を展示。一部展示替えあり。金・土曜は午後8時まで開館。月曜休館(祝日の場合は翌日)。一般2000円、大学生1200円、高校生以下無料。ハローダイヤル=050(5542)8600。

=(1月31日付西日本新聞朝刊に掲載)=

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