御大典記念 特別展
よみがえる正倉院宝物
―再現模造にみる天平の技―
2021/04/20(火) 〜 2021/06/13(日)
09:30 〜 17:00
九州国立博物館
2021/05/07 |
きらびやかな展示品を前にしても、ふに落ちない。九州国立博物館(福岡県太宰府市)に並ぶのは、奈良・東大寺の正倉院宝物(ほうもつ)を明治時代以降に再現した「模造品」の数々。どれも精巧を極める。でも、模造という言葉の響きにある後ろめたい印象がどうしても拭えない。なぜ時間と予算を掛けて模造品を作るのか、なぜ展覧会まで開くのか。そんな疑問を解決しようと、ゆかりの地を巡った。
まずは奈良に正倉院を訪ねた。有名な東大寺大仏殿の裏手に、幅33メートル、高さ14メートルの巨大な校倉造りの正倉はある。ユネスコの世界遺産にも登録された国宝は、そもそも何がすごいのか。20年前に学んだはずの社会科を復習した。
現在は宮内庁が所管しているが、元は奈良時代に仏の力で地震や疫病といった災厄を静めようと、聖武天皇が建てた東大寺の倉庫だった。聖武天皇が756年に死去すると、妻の光明皇后が600点を超える天皇の遺品を納めたのが始まりとされる。
現代に伝わる工芸品や文物は約9千点に及ぶ。聖武天皇遺愛の生活道具や調度品、楽器、仏具、武具など多岐にわたる。収蔵品からは奈良、平安時代の工芸技術の高さだけでなく、政治や文化、暮らしの様子、シルクロードがもたらした人と物の交流までもが見えてくる。
「でも、展示されるのは本物じゃないんでしょ」
取材を始めてから何度もそう投げかけられた。確かに展示会場に並ぶのは、各分野の匠たちが手掛けた再現模造と呼ばれる品だ。
いったい再現模造の意義は何だろう。この疑問に答えてくれたのは、宮内庁正倉院事務所の西川明彦所長(59)だった。
「再現模造は、宝物が作られたばかりの姿をよみがえらせたものです。私たちは奈良時代の人々の目にどう映り、何を感じたのかを知ることができます」
作られてから千年を超える宝物は、保存に細心の注意を払っても劣化は避けられない。そのほとんどに変色や傷、欠損がある。修復はできても、元の状態に戻すことはできない。そこで考え出されたのが宮内庁が取り組む「もう一つの本物」を作るプロジェクトだ。
再現模造は見た目を模しただけではない。内側の構造や素材をエックス線やCT、電子顕微鏡で解析し、作られた当時と同じ材料を集め、匠が長い歳月を費やして再現している。
最新の技術と職人の練達の技を掛け合わせて現世によみがえらせた「新品」であり、宝物ができた天平時代に連れて行ってくれるタイムマシーンのようなものだと考えると、価値が見えてくる。
手掛けた職人は古(いにしえ)の宝物の再現とどう向き合ったのだろう。正倉院宝物を代表する「螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)」の再現模造の装飾を8年がかりで完成させた奈良市の漆芸家北村昭斎さん(83)を訪ねた。
北村さんは、光沢を持つ貝殻の内側を切り出した素材で柄や模様を施す工芸技法「螺鈿」の人間国宝。明治時代に正倉院宝物の修復を手がけた曽祖父の代から技術を受け継ぎ、文化財の修理や途絶えた技法の復元に携わってきた。
細部まで忠実に再現するには作家としての個性を抑える必要がある。一方で、再現にとらわれすぎると長年培った仕事のリズムが崩れ、造形に美が宿らない。北村さんはスキャナーで複写したような正確さよりも、原品から感じた作者の指使いや、大らかな雰囲気を反映させることに心を砕いたという。
「先人の作品でも、見た人たちに美しいと感じてもらえるものを追求するばかりです」
再現模造は、往時の技術の粋を集めて作られた宝物を、完成当時の美しい姿で後世の人たちに見せたいという思いが込もった「本物」なのだろう。納得できた部分もある。でも、高尚な思いは、私たちの日々の暮らしの少し遠くにある気がする。なぜそこまでして残し、伝えようとするのだろうか。残る疑問を解消するため、もう少し旅を続ける。(川口史帆)
=(4月25日付西日本新聞朝刊に掲載)=
●特別展「よみがえる正倉院宝物」
6月13日まで、福岡県太宰府市の九州国立博物館。奈良時代、聖武天皇ゆかりの品をおさめた正倉院宝物の精巧な再現模造86件などを展示している。
原品が5弦琵琶として現存する最古で唯一の物とされる「螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)」は、明治期と平成期にそれぞれ製作されたものを初めて同時公開する。
観覧料は一般1600円で、オンラインでの購入もできる。問い合わせはNTTハローダイヤル=050(5542)8600。
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