江口寿史展
EGUCHI in ASIA
2024/11/09(土) 〜 2025/01/12(日)
福岡アジア美術館
西山 健太郎 2021/07/08 |
2021年3月、「伝統工芸×アート×ファッション」をテーマとした『福岡城ファッションショー』(主催:福岡アジアファッション拠点推進会議)が、舞鶴公園・福岡城本丸跡にて開催されました。
今回は、伝統工芸・アート・ファッションのそれぞれの分野を代表する3名をゲストに招いて展開された、記念トークショーの様子をARTNE特別編集にてレポートします。
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■開催日 2021年3月6日(土)
■開催場所 舞鶴公園 福岡城本丸跡(福岡市中央区城内1-4)
■出演者 岡野 博一
(株式会社岡野/OKANO博多きもの制作所 代表取締役社長)
岡本 尚美(香蘭女子短期大学)
井口 麻未(九州産業大学)
■聞き手 尾畑 圭祐
(香蘭女子短期大学ファッション総合学科 講師/博多織職人)―――――――――――――――
――まずは、伝統工芸・博多織の分野からご参加いただいております岡野博一さんにお話を伺いたいと思います。岡野さんは大学卒業後、東京で人材コンサルティングの会社を設立され、実業家としてご活躍されていた時期に、伝統工芸再生の思いから、博多織の世界に転職されたと伺いました。そのきっかけや信念について、お聞かせいただけますか?
岡野 私は大学時代に経済学や経営学を学び、卒業後、23歳のときに東京で人材コンサルティング会社を設立しました。当時は「ベンチャーブーム」の真っただ中にあり、自社を上場した知人もたくさんいました。そうした人たちと食事をしたりすると、高級な服や腕時計を身に着けているのに、会話の中身が空虚というか、派手さはあるのに文化を感じないというか、そういう思いを抱くことが多々ありました。事業は順調でしたが、そうした業界や人間関係に疑問を感じ、その中にいるのが嫌になっていた時期に思わぬ知らせが届きました。岡野家の本家が経営する博多織の会社に関して、製品が売れない、利益が出ないという状況が続いており、間もなく廃業手続に入るという知らせでした。その知らせを受けて、私の知見が活かせるならと、同社の事業整理に、1年間関わることになりました。
当時私の父は、その会社の職人代表として博多織の製品作りに携わっており、同じ職場で働く職人さんたちも、博多織の文化を守りたい、という気概にあふれていました。一緒に食事をしたりすると、博多織に対する誇りや信念にあふれていて、人として感動を覚えることが多々ありました。職人さんたちの物づくりに命を燃やす姿を目の当たりにして、なんて尊く、かっこいい生き方なのかと、次第に惹かれていきました。
そうした職人たちの「文化の正義」と経営側の「経済の正義」の間に立たされることになった私がとった行動は、本家の会社を自ら引き継ぐことでした。「自分が主体としてやるしかない」と自覚した私は、東京の自分の会社を売却し、金融機関をはじめとする出資者から借入を行い、本家の事業を買収しました。そのとき私は26歳でした。
――あらゆる伝統文化にとって、職人の事業継承は大きな課題になっています。
岡野 職人はいわばプレーヤーです。とはいえ、プレーヤーだけでは業界は成り立ちません。
例えばプロ野球を例にとると、選手というプレーヤーの他に、球場を建てるプロやプロモーションをするプロ、チケット販売を手がけるプロなどが協力して一つの経営モデルが成り立っています。
その一方で、伝統工芸の分野では、職人自身が、宣伝・販売から資金調達・経理などを一手に負うケースも多く、私自身、伝統工芸の担い手が「こんなに大変な仕事は、自分の子息には継がせたくない」とこぼす場面を多く見てきました。
要するに、伝統工芸を伝承し、発展させていくためには、技術者育成だけでなく、物流・宣伝・販売などを担う人材の育成も必要なのです。幸い、インターネットやSNSなどのデジタルコンテンツを活用して、そうした人材をプロジェクトごとに集めることも容易になっています。
コンサルタントの仕事は、「利益の最大化」や「環境の最適化」を目指すことです。職人さんたちには全力で物づくりに打ち込んでもらい、その製品が多くの消費者にわたっていくような流れ、分業体制を確立する、いわば「全体としての最適化」を伝統工芸の分野で実現できたらと考えています。
――アーティストとのコラボレーションも多く手がけられています。
岡野 物づくりに携わる職人さんたちは、どうしても極めることや、深めることに注力しがちで、そのままだと視野が狭くなってしまいます。新たな表現手法を構築したり、模索したりしている異ジャンルのプロフェッショナルとの出会いによって、職人さんたちの中に新たなインスピレーションが生まれ、そのジャンルの幅が広ければ広いほど、クリエイティブで面白いものが生まれてきます。
そうしたことを踏まえて、小松美羽さんをはじめとするアーティストやデザイナー、料理人など、異ジャンルのプロと職人さんたちがコラボする機会を定期的につくるようにしています。
――それでは、井口麻未さんにお話を伺いたいと思います。まずは、絵を描くようになったきっかけについて教えていただけますか?
井口 私は四姉妹の末っ子なのですが、姉は3人ともモノづくりが大好きで、一緒にお絵描きをしたり、粘土を使った工作をしたりするなかで、自然な成り行きで、絵を描いたり、物を作ったりすることが好きになっていきました。
物を作ること自体が好きなのですが、頭の中にある楽しいものをどのように表現するか、ということを考えたときに、今現在は、絵画が表現のツールとして一番合っていると感じていて、絵画制作を主に行っています。
――それでは、明石家さんまさんの番組に登場して、一躍有名になった井口さんの作品シリーズ『今日の装い』について、お伺いしたいと思います。
井口 私を含めて家族全員がテレビ番組、特にバラエティ番組が大好きで、あるとき、明石家さんまさんが司会を務める番組で、アート作品を取り上げる企画があり、作品を公募していることを知りました。さっそく自分の作品を応募したところ、番組スタッフの方から連絡があり、そのときは本当にびっくりしました。
2019年の年末特番だったのですが、視聴率も高く、放送直後から、視聴者の方からSNSでの応援メッセージが届いたり、作品の制作依頼や本の装画への作品使用依頼が寄せられたり。とにかくテレビの影響力の大きさを感じました。
――『今日の装い』の作品制作にあたってのインスピレーションの源はどういったところにあったのですか?
井口 私自身、作品のモチーフは日常の中から意識的に見つけるようにしていまして、『今日の装い』の構想は、「一人ひとりが違う服装をしているのは、なぜだろう?」という素朴な疑問から湧き上がったものです。
装いには、その人の個性が現れていて、そうした個性や影響を周りの人たちに伝えていくコミュニケーションツールになっていると思います。そうした人々の装いに関する「選択と決定の過程」にとても興味があり、それを何とか表現できないかと試行錯誤した末に誕生したのが『今日の装い』です。
また私自身、日常生活の中で、顔よりも洋服の印象で人を覚えている事が多々あり、『今日の装い』に登場する人物の顔を描かなかったのも、その習慣が強く影響しています。顔があるとどうしても最初にそこに目が行きますし、作品をご覧になる方々には、服装や立ち姿から、その人がどういう人かを想像してもらいたいと思ったからです。
――井口さんご自身のファッションへのこだわりを教えていただけますか?
井口 洋服は自分の個性を人に伝える絶好のツールだと思っています。私自身も「流行りもの」よりも「自分らしいもの」を身につけたいと常日頃から感じておりまして、家を出た瞬間から心が晴れ晴れするような、そうした装いを心がけています。また、長年使えそうなデザインと機能性も重視しています。
――それでは、続きまして、そうしたファッションを創る側にいらっしゃる岡本尚美さんにお話を伺います。まずは、洋服作りに興味を持つようになったきっかけを教えていただけますか?
岡本 私が服に興味を持ち始めたのは小学生の頃です。学校に制服がなく、私服で登校していたのですが、次第に母親と自分の志向の違いに気づくようになり、自分の好きな服装で学校に通いたいという思いが芽生えてきました。中学生の頃には、洋服を着るのも好きでしたが、身につけた人がハッピーになったり、モデルが身につけた衣装を見て人々がハッピーになったり、そうした服を自分で作ることができたら素敵だなと思い、デザイナーを志しました。
――そして、香蘭女子短期大学に在籍されていた昨年10月、コシノジュンコさんや山本耀司さん、山本寛斎さん、高田賢三さんといった著名なデザイナーを輩出し、新人デザイナーの登竜門といわれるファッションコンテスト「第94回装苑賞」でグランプリにあたる装苑賞を受賞されました。
岡本 作品のテーマは「4次元の可視化」としました。目に見える3次元の世界に時間軸を加え、平面の布を衣装として立体化し、そして時間の経過も感じられるような4次元の世界観の表現に挑みました。
その難題を解決する手法として「ファッション×テクノロジーの融合」を念頭に置き、インターネットを使って、ありとあらゆる素材を調べていきました。
その中で、今までに見たことがないような素材に出会いました。それは、ある開発機関が手がけたもので、もともと服飾用ではなかったのですが、直感的に「この素材で挑戦してみたい」と感じて、開発担当の方に直接コンタクトを取りました。
――私も制作過程から拝見していましたが、特殊な素材を人が着るものに昇華した素晴らしい作品でした。受賞が決定した瞬間、どのような思いでしたか?
岡本 受賞の瞬間は、実感が全くなく、他人事のような気がしていました。ただ、福岡に帰ってきて、先生や友達から祝福の言葉をもらうなかで、ようやく実感が湧いてきて、自分の活動が多くの方に認められた、という喜びを感じることができました。
――今回の『福岡城ファッションショー』のために制作された衣装は、「今後に向けた新たな一歩」というイメージを受けました。
岡本 今回の作品5体のうち3体は、「植物」にフォーカスを当てた、同じテーマで制作したものです。何気なく自生する植物が、人間の手によって植え替えられたり、廃棄されたりするのを目の当たりにして、そのときの「植物の気持」はどんな感じなのだろう、といった想像が起点となりました。着る人や見る人に身近な植物を感じていただきたいという思いから、アプローチの仕方にもこだわり、全く異なる3か所で採取した植物を草木染にした布を用いて制作しました。
――それでは最後に、ご出演の皆さまより、将来への展望と福岡で物づくりをしていく魅力について、お伺いできたらと思います。
岡野 日本の伝統工芸が、産業として、あるいは経済として成り立っていくためには、世界の市場を視野に入れ、流通と販売のモデルを構築する必要があると考えています。
福岡・博多という土地の素晴らしいところは、新しいアイデアやコンテンツが常に流入したり、生まれたりしていることです。そして、いい加減で取り入れて、いい加減で流していく。その破壊と創造の土壌は、伝統工芸が発展的に継続していくのに、とても重要な要素だと思います。
井口 「与えられた時間を無駄にしないように、その瞬間にできることを全力でやり遂げる」ということを常に念頭に置いています。その積み重ねが大きな経験となり、作品としての表現に活きてくるのではないかと思います。
「売れる作家になりたいなら東京に進出した方がよい」という話もよく聞きますが、一概にそうとは言えないと思います。東京の美術関係者や美術ファンの方々から、福岡を拠点に活動していることで、逆に注目されることもありますし、「ブロッコリー」をテーマにした作品シリーズの着想・制作には、生まれ育った那珂川町(現・那珂川市)での経験が多分に活かされています。これからも福岡人としての強みを活かしながら、地元福岡から得られるインスピレーションやモチーフを作品制作に活かしていきたいと思います。
岡本 自分独自の服づくりを追求していく中で、人脈が広がってきたことを、今まさに実感しています。
現在、インターンとしてお世話になっている東京の会社は、パリ・コレクションの事業も手がけていて、その関係の仕事を福岡に居ながらにしてリモートで作業したこともありました。
今は、インターネットをはじめとするデジタル技術が進んでいて、自分のやりたいことや意志が明確であれば、その思いと行動力でどんなことにもチャレンジできる、と感じています。
福岡は、あるときはスピード感を感じ、あるときはゆったりとした時の流れを感じ、そうした独特なバランスを感じる街です。
今後、服づくりを続けていく中で、何らかの成果を福岡の街に還元できたら嬉しく思います。
――本日は貴重なお話を聞かせていただき、本当にありがとうございました。今後の皆さまのご活躍を心より祈念しております。
編集・構成 西山 健太郎(福岡観光コンベンションビューロー/福博ツナグ文藝社)
【関連リンク】
福岡城ファッションショー(福岡市公式HP)https://www.city.fukuoka.lg.jp/keizai/contents/charm/fcfs.html
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