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今、‟つながり‟について考える①――「巴里、ルオー、ザッキン。―ボヘミアンたちの街―」にみる芸術家たちの出会いと創作

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アルトネ編集部
2025/04/25
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 新学期を迎える春、九州産業大学美術館で、「巴里、ルオー、ザッキン。」 と「元倉眞琴 集まって住む」というふたつの展覧会が同時開催されています(5月25日まで)。
 20世紀初頭のパリに集った芸術家たちと、建築家・元倉眞琴(1946-2017)の仕事—— 一風変わった組み合わせにも感じられるふたつの展示について、2回に分けご寄稿いただきます。(後半を読む
 前半は九州産業大学美術館 学芸員・福間加容氏が、令和7度所蔵品展のテーマについて、また同展覧会1階部分の展覧会「巴里、ルオー、ザッキン。―ボヘミアンたちの街―」について紹介くださいました。

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九州産業大学美術館 春の所蔵品展について

 4月1日より九州産業大学美術館では、「巴里、ルオー、ザッキン。」および「元倉眞琴 集まって住む」展(第35回九州産業大学美術館所蔵品+展)を開催しています。

九州産業大学美術館で開催中の展覧会「巴里、ルオー、ザッキン。」 +と「元倉眞琴 集まって
住む」会場風景

 新入生に大学美術館への親しみを持ってもらうことを目的に、弊館では毎年春、入学式にあわせて所蔵品展を開催してきました。また、本学の所在する地域にお住まいの皆さまをはじめ、より多くの方々にご来館いただけるよう、親しみやすい展覧会づくりに努めています。「おでかけ鑑賞」と題し、公民館や病院など地域の施設とオンラインでつながり、展覧会を一緒に楽しむ取り組みも継続しています。

 一昨年度からは、従来の所蔵品展に新たな企画を加えた「所蔵品+展」として開催しており、本年で3回目を迎えました。
 弊館は、展示空間のサイズが比較的小さめで、それだけにかえって、ゆっくり親密に、間近で作品をご鑑賞いただけるのも魅力の一つです。


芸術家たちのつながりの物語−モンマルトルとモンパルナス

 所蔵品展を企画するにあたり、巡回展「元倉眞琴 集まって住む」とどのように関連づけるか、大いに悩みました。考えるうちに、「集まって住む」ことの意味を問い続ける建築家だった元倉氏の探究が、非常に尊く感じられるようになり、この命題と本質的にリンクする所蔵品展にしたいという思いに至りました。

 では、美術の歴史において「集まって住む」ことで芸術的成果を生んだ事例とは何か。真っ先に思い浮かんだのが、20世紀初頭のパリに存在した共同アトリエ兼住居、モンマルトルの「洗濯船」とモンパルナスの「蜂の巣」でした。そこには、若く貧しく無名だった芸術家たちが集い、やがて20世紀の新たな芸術の地平を切り拓く創作活動を行なったことは広く知られています。
 弊館の所蔵品をあらためて見直してみると、当時、モンマルトルやモンパルナスでキュビスムやフォーヴィスムが盛んに展開されていたのと同時期に、その潮流から距離を置きながら独自の芸術を探究していた画家ジョルジュ・ルオー(1871–1958)とモンパルナスで名声を得た彫刻家オシップ・ザッキン(1888–1967)の連作版画がありました。

ジョルジュ・ルオー《悪の華 『悪の華』のための14点の版画4》1926年 九州産業大学美術館
© ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2025  B0878

 「孤高の芸術家」と評されるジョルジュ・ルオーですが、彼には師であるギュスターヴ・モロー、同級生のアンリ・マティス、そして彫刻家・高田博厚(1900–1987)など、理解者や良き友人たちがいました。高田は1931年に渡仏し、1957年に帰国するまで四半世紀以上にわたり、「蜂の巣」にほど近い、モンパルナスの裏手にある「シテ・ファルギエール」のアトリエで制作に励みました。その間、小説家ロマン・ロラン(1866–1944)や哲学者アラン(1868–1951)をはじめとするフランスの知識人たちと親しく交流し、自らも優れた知識人として知られました。実は、本学芸術学部の創設にも尽力した人物でもあります。この事実に気づいたとき、個々の所蔵品が一つの物語としてつながり始めました。

高田博厚《フーロン夫人)(1931)ブロンズ

 ザッキンは、かつて帝政ロシア領だった小さな町・ビテプスク(現ベラルーシ)出身で、エコール・ド・パリを代表する芸術家の一人です。彼が生活していたモンパルナスの「蜂の巣」には、ザッキンのようにロシアや東欧、イタリア、スペインなど世界各地から、芸術の都・パリを目指してやって来た多くの若き芸術家たちが集まっていました。彼らは、しばしば「ボヘミアン」とも呼ばれ、社会の周縁に生きながらも、自由と創造性を情熱的に追求していました。
 
 彼らがそれぞれに独自の表現を切り拓くことができた背景には、ボヘミアンたちを受けいれた、パリという街の懐の深さがあったのではないでしょうか。彼らは、集いながら群れず、しかし人間的に深くつながっていました。創作とは本質的に孤独な営みですが、人とのつながりなしには成り立たないものかもしれません。
 そこで今回の所蔵品展では、当時パリに集った芸術家たちを取り上げ、副題を「ボヘミアンたちの街」とし、展覧会全体のテーマを「つながり」としました。


本展の見どころ − ルオーとザッキンの連作版画、高田博厚のブロンズ彫刻

 展示中のジョルジュ・ルオーによる連作版画《『悪の華』のための14点の版画》(1926)は、ルオーが版画表現に注力していた時期の作品の一つです。深く、柔らかく、あるいは燻んだ鋼を思わせる黒の諧調は、モノクロームでありながら驚くほど豊かな表情を見せており、画面には彼の独自の造形感覚と精神性が静かに滲み出ています。ルオーと対話するように、全14点、1枚づつ、ゆっくりご鑑賞いただければと思います。

 続いて展示されている高田博厚の《フーロン夫人》(1931)は、彼が渡仏した年に手がけた作品です。一方、晩年に制作された《男のトルソ(ヘラクレス)》(1973)は、場に強い緊張感をもたらす、非常に印象的な作品です。隆起する筋肉や重なり合うフォルムからは、凝縮された力感がひしひしと伝わってきます。

高田博厚《男のトルソ(ヘラクレス)》 1973年  九州産業大学美術館蔵

 彫刻家オシップ・ザッキンは、福岡では西鉄天神駅前の《恋人たち》の作者として知られているかもしれません。ザッキンは、古典絵画では重厚な油彩で描かれてきたギリシャ・ローマ神話の英雄譚を、28点のリトグラフから成る連作《ヘラクレスの十二功業》(1960)に奔放な筆致で表現しました。作品はザッキンの独自の彫塑的感性と躍動感に満ちています。
 本展では、優れた写真作品や貴重な資料も見どころの一つです。
 当時のパリの街並みを記録したウジェーヌ・アジェの《サン・メダール通り》(1899–1900)や《クール・デュ・ドラゴン》(1899)をはじめ、アメリカの写真家スティーグリッツが1903年から発行した雑誌『Camera Work』も展示しています。  

ウジェーヌ・アジェ《サン・メダール通り》(1899-1900)

 この雑誌には、世に出たばかりのピカソのキュビスムによる女性像のドローイング(1912)や、1913年当時のアンリ・マティスの肖像写真が掲載されており、20世紀初頭の芸術と社会の息づかいを今に伝える貴重な資料です。

 20世紀初頭、多彩で革新的な表現を展開した芸術家たちが集った巴里。その時代の息吹を、本展を通して感じとっていただけたら幸いです。

(九州産業大学美術館 学芸員・福間加容)
 

 

第35回九州産業⼤学美術館所蔵品+展

「巴里、ルオー、ザッキン。」 + 「元倉眞琴 集まって住む」(~5/25)はこちら

 

〔3つの関連イベント〕
アート・トーク「モンパルナスのエコール・ド・パリ」(4/25開催)はこちら
アート・トーク「建築家、元倉眞琴のまなざしー人、街、環境」(5/16開催)はこちら
アート・トーク「建築がもたらす共同体と孤独」(5/24開催)はこちら

 

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