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前衛美術家・菊畑茂久馬さんを悼む 「前衛」と日々の生活と

2020/05/26 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 前衛美術家として活躍し、後年は大作の油彩画を描いた福岡市の画家、菊畑茂久馬(きくはた・もくま)さんが21日午後2時、肺炎のため同市内の病院で死去した。85歳。長崎市生まれ。

  楽焼の絵付けの仕事をしながら我流で絵を描き始め、1957年に前衛美術集団「九州派」に参加。丸太と大量の5円玉を使った立体作品などで注目を集めた。色鮮やかな絵の上に廃材やオブジェを張り付けた「ルーレット」シリーズは「日本のポップアートの先駆け」と米国で評価された。

  83年から大作油彩画を発表。絵の具を盛り上げ、垂らすなど濃密に作り込んだ絵肌を特徴とした。

  後に「世界の記憶(世界記憶遺産)」となる山本作兵衛の炭鉱記録画をいち早く評価し、紹介に尽力した。美術に関する著作も多く「フジタよ眠れ 絵描きと戦争」などを刊行。本紙には「絶筆-いのちの炎」などを連載した。97年、西日本文化賞。2011年には福岡市美術館と長崎県美術館で大回顧展が開かれた。

丸太と大量の5円玉を使った代表作「奴隷系図(貨幣)」など自作の前に立つ菊畑茂久馬さん
=2011年、福岡市美術館

 

美術作品、評論で大きな足跡/ ゆかりの人々悼む/ 「地方画家のあるべき姿」

 

 美術界に大きな足跡を残した菊畑茂久馬さん。文筆でも活躍した画家の死を、ゆかりの人たちが悼んだ。

  「九州派」元メンバーで美術家の斎藤秀三郎さん(97)は「若くして両親を亡くしたためか、仲間といると生き生きしていた」と振り返る。頭が良く直感力もあり、「何をすべきか決めたら即実行した」。

  記録作家上野英信の長男・朱さん(63)は、山本作兵衛作品の評価は「3本の柱」が決定づけたという。「英信が『情』、(資料的価値に注目した福岡県・田川市立図書館の元館長)永末十四雄は『理』、そして菊畑さんが『美』という柱を立てた」と分析。「人間がなぜ描くのかという本質を見いだした」と話す。

  菊畑さんは名を成しても福岡市に住み続け、藤田嗣治の戦争画なども研究して著作を発表した。福岡市美術館学芸員の山口洋三さん(50)は「地方の画家がどうあるべきかを示した」と言い、美術評論家の椹木野衣さんも「評論家にして何人分かもわからないほどの多大な貢献があった。戦争画を批評の問題として初めて世に出したのも、誰よりも早く、鮮やかだった」とたたえた。(藤原賢吾、諏訪部真)

 

【評伝】「前衛」と日々の生活と

 

 手元には、幻と言われた作品「奴隷系図(三本の丸太による)」(1961年)を2016年に菊畑茂久馬さんが再制作した際の日記コピーがある。韓国・釜山ビエンナーレ出品のための再制作だった。随所に洗濯の話など生活臭のする記述がある。某日はこうだ。

  <プサンを終(おわ)って、庭の草刈りをしなければ…。>

  前衛美術集団「九州派」きっての論客の初期作品は前近代的で土俗的と評された。いわゆる「前衛」からは異彩を放つ。巨大な丸太2本に5円玉を張った代表作「奴隷系図(貨幣)」は生活に身近な小銭を題材に神々しさをたたえ、西洋アートの文脈ではくくれない。

  九州派も前衛美術と日々の生活で揺れ動いた集団だった。メンバーの多くが別の仕事を抱えた絵描きで、同時代の三井三池争議に代表される労働運動に刺激を受けながら活動した。知的な芸術家肌の菊畑さんも、目線を低く、日々の暮らしにこだわった。九州派を離れた後、炭鉱絵師の山本作兵衛の再評価に精力を注いだのも、炭鉱の生活者に注いだ作兵衛の優しいまなざしに共感したからだろう。

  名文家でもある。本人が九州派の記録者だった。日本近代史家の渡辺京二さんは<彼だけの鮮度と喚起力のある文章を書けている人間は、玄人のもの書きのうちにも少ない>と評した。

  60年代、東京や海外進出も期待できた時期に沈黙した。16年の釜山にも足を運ばなかった。「パスポートも持たん男の作品が海を渡るっちゃ不思議やねぇ」。九州の地に足を着けて創作した画家の矜持(きょうじ)を感じた。

  実は釜山出品作は完全には再現できなかった。オリジナルは、当時家で飼っていたハトの羽根や昆布を素材に使った。海外検疫に引っかかるため、羽根は陶器で、昆布は黒革で代用したのが痛快だった。作品の再生やグローバル化を拒む菊畑芸術は本物だ。感染症拡大でアート流通も見直しが迫られる今、孤高の作品群はさらに評価が高まるだろう。(内門博)

=5月22、23日付西日本新聞朝刊に掲載=

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