松浦史料博物館開館70周年記念・九州国立博物館開館20周年記念特別展
平戸モノ語り ─松浦静山と熈の情熱
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九州国立博物館
| 2021/07/20 |
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もしもコロナ・パンデミックが起こらなかったら、世界は今頃どんなだっただろう。
少なくとも国内では、五輪は無事一年前の夏に開催され、東京を中心に全国の津々浦々で空前の熱狂を引き起こしたかもしれない。それを起爆剤に、国境を超えたかつてない規模の人の移動や物の流通、情報の共有が加速され、経済的な活況も一気に押し上げられて、グローバリズムはその頂点を迎えていたのではないだろうか。
それはアートも同様だ。多数のアーティストが世界の隅々から参加する国内の芸術祭には観光やインバウンドで人が押し寄せ、それらを掛け持ち、ほかに海外の国際現代美術展やアートフェアにいくつも参加するアーティストたちは、寸暇を惜しんで世界を飛び回っていたことだろう。もしかしたら、いま私たちが取り入れざるを得なくなっているオンラインとは異なる意味で、設置や交渉のリモート化が推し進められていた可能性さえある。なにせ発表機会はいくらあっても、身はひとつしかないのだ。世界の各所と同時にやりとりを進めるには、案外同じ選択肢しかなかったかもしれない。
だが、私たちが迎えた実情は、まったく違っていた。そんなアーティストたちの国外での活動は事実上、ことごとく実現が不可能となり、海外に在住のアーティストたちも、やむなく帰国して日本を拠点とせざるをえなくなった。とはいえ、前回までにすでに触れていたとおり、感染症対策下にあっては、国内なら自由な制作や発表ができるというわけではない。むしろ、活動は都道府県単位やより細分化した地域に制限され、あげくのはてに「家」にまで縮減される。もしもコロナ・パンデミックが起こらなかったら、と想定した冒頭の活況とは雲泥の差で、アートにとってもアーティストにとっても冬の時代と言うしかない。
だが、ここに来て新しい動きが目立ってきた。その拠点となっているのは、いずれもグローバル時代のアートを牽引(けんいん)してきた大規模美術館やコマーシャル・ギャラリーとは異なる、限りなくドメスティックで「家」に近い自主運営スペースだ。東京で最近、見てまわっただけでも、新宿の「WHITEHOUSE」、代々木の「TOH」、阿佐ケ谷の「TAV GALLERY」、根津の「The 5th Floor」などがすぐに思い浮かぶ。数だけではない。個々の展示の充実度、新たなアーティストの発掘、発表機会の提供、従来の美術館やギャラリーでは実現が難しい境界線上の表現への踏み込みという点でも、東京をめぐるアートの状況は、水面下ではあれ、むしろコロナ前の状況より活性化しているようにさえ感じられるのだ。
どんな背景が考えられるだろう。皮肉なことかもしれないが、本来ならグローバルな世界状況に十分適応していながら、期せずしてドメスティックな状況での活動を余儀なくされたアーティストたちが、結果的に相当数、身ごと国内に留(とど)まった。そして、その能力を家に近い形態で局所的に圧縮して発揮している、かつてない状況なのではないか。
先にドメスティックと書いたが、ならば字義通りに受け取るわけにはいかない。物理的にはドメスティックでありながら、潜在的にグローバルな世界ネットワークと繋(つな)がっており、その意味で超(=ビヨンド)ドメスティックでもあるからだ。かつての単にグローバルなアートとも違っている。似たことは世界の各所で起こっている。ようやく見えてきたコロナ後(コロナ共存?)のアートの兆しかもしれない。(椹木野衣)
=(7月8日付西日本新聞朝刊に掲載)=
椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。
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