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朝刊太郎の雑記帳 上別府 保慶=キングダム展の隠し味

2021/08/25 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 古代中国の戦国時代で、合戦の日々に身を投じる少年の信(しん)と、後に秦始皇帝となる嬴政(えいせい)の青春を描く大ヒット漫画「キングダム」の大規模な原画展が福岡市美術館で開かれている。

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 作者は佐賀県基山町出身の原泰久さん(46)。史記などの古典を基に、酸鼻を極める戦いを生々しく描くが、それは誇張などではなく実際にそうだった。

 例えば「キングダム」単行本の27巻。主人公の信と仲間たちがいる秦の部隊の前に、趙(ちょう)という国の軍勢が立ちはだかる。怨念に燃えるその面々は19年前の「長平の戦い」で、秦の白起(はくき)将軍に殺された40万を超す兵の遺族によって編成された報復の集団だった。

 むろんこれは劇中の設定だが、「長平の戦い」そのものは紀元前260年にあった史実であり、長い長い歳月が過ぎた今なお、古戦場の山西省高平市では多くの兵の骨が出土する。

 白起は始皇帝の曽祖父に仕えた名うての将である。これを秦の宰相が謀略工作で支援し、趙のボンボン育ちの将・趙括(ちょうかつ)が率いる大軍を城から引き出すのに成功する。白起は自軍を陽動部隊と伏兵に分け、これを包囲。趙軍は約25万人が戦死し、投降した捕虜も20万人余りという完敗だった。

 秦は捕虜を持て余した。与えようにも食料がない。飢えれば暴動を起こすし、趙へ返せばまた敵となる。白起は少年兵の240人を残し、全て生き埋めにせよと非情の命を下した。

 中国の史書には「白髪三千丈」流の誇張がまま見られ、犠牲者の数は記録した司馬遷らの誇張と考えられてきた。ところが昔から地元の農地では骨が頻繁に見つかっており、1995年の発掘調査で大量の人骨が確認され研究者を驚かせた。調査は今も続いている。

 無残な形で夫や息子を亡き者にされた趙の民の恨みは尋常ではなく、子孫に語り伝えた。そして地元の高平市には「白起肉」または「白起豆腐」と呼ばれる郷土料理が伝わってきた。

 白い豆腐を憎き白起に見立て、焼いた上に煮てさいなみ、辛いタレを塗って食べたのが始まりだという。

 日中戦争の時期に、朱徳が率いる八路軍(共産党軍)が高平を通った際に、住民たちが馳走(ちそう)して知られるようになり、今では「高平焼豆腐」の名で観光名物になっている。

 白起には後日談がある。趙が反撃し、秦王は自宅にこもっていた白起に出陣を促す。白起は断り、刀を自らの首に当てて言う。

 「投降兵を生き埋めにした私は、天に対して罪を犯したのも同じなのだ」

 戦争をなくすべく中国統一を目指す信らの物語を凝縮する「キングダム展―信―」は9月26日まで。余話もまたファンを魅了する。(特別編集委員)

=(8月19日付西日本新聞朝刊に掲載)=

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