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福岡アジア美術館特別展「ベトナム、記憶の風景」学芸員コラム①  いま、ベトナム激動の歴史を「記憶」から見つめること

2025/10/30 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 福岡アジア美術館では、現在、ベトナム戦争終結50周年を記念した展覧会「ベトナム、記憶の風景」が開催されています(~11/9)。本展覧会を企画した学芸員3名がそれぞれの視点から展覧会の魅力をご紹介します。
 第1弾は、本展担当学芸員の桒原ふみ(福岡アジア美術館)が本展を企画するにあたって込めた思いを綴ります。
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本展会場風景

 福岡アジア美術館では現在、特別展「ベトナム、記憶の風景」を開催中です。本展は1975年にベトナム戦争が終結して50周年の節目に合わせて企画されました。

 みなさんが「ベトナム」あるいは「ベトナム戦争」と聞いて思い浮かべるのは、どのようなイメージでしょうか。ベトナムの民族衣装である美しいアオザイ姿の女性たち、メコン川の恵みがもたらす豊かな田園風景、アメリカのハリウッド映画で描かれるベトナム戦争のスペクタクルな戦闘シーン、あるいは海外の報道写真家が捉えた無垢な人々が巻き込まれる戦争の悲劇などが代表的なものとして挙げられるかもしれません。しかし、ふとこれらのイメージが誰によってつくられたのかを考えてみると、私たちが現在「ベトナムらしい」と感じるイメージは、その多くが実は観光やエンターテインメント、ジャーナリズムなどの目的のために「他者」がつくりあげたものである可能性に気づかされます。

 そこで本展の企画の軸に据えたのは「他者ではなく、ベトナムの人々が自らのアイデンティティや祖国についてどのような表現をつくりあげてきたのか」を、ベトナム近現代の美術作品を通して問い直すことでした。そこで現れてくるのは必ずしも「ベトナム人による混じりけのない純粋なベトナム」ではありません。むしろ、他者の視線を時に裏切り、時に重ね、また敢えて他者によるステレオタイプを利用したりもする、ベトナムのアーティストたちによる、ベトナムのイメージをめぐる戦略的な駆け引きなのです。

ト・ゴク・ヴァン《二人の女性と幼児》1944年、福岡アジア美術館所蔵
フランス植民地下で1925年ハノイに設立され、近代美術草創期を担った美術家を多数輩出したインドシナ美術学校。ト・ゴク・ヴァンはじめ同校で学んだベトナム人美術家たちは、フランス人教師陣の視線を時に内面化しながら、アオザイ姿の女性やどこか懐かしい地方の風景など、「ベトナムらしさ」を表す理想のモチーフを模索しました。

 そしてもうひとつ、本展タイトルにある「記憶」も、企画の軸を構成するキーワードです。本展では、1930年代から2020年代まで、約100年間におよぶベトナムの美術作品110点をご紹介しています。この100年間のベトナムの歴史を振り返ると、19世紀末にベトナム最後の王朝が倒れてフランスの植民地支配におかれ、第二次世界大戦中の日本とフランスの二重支配期を経て、同大戦終結後は再植民地化を目指すフランスと独立をかけてインドシナ戦争を戦います。同戦争の休戦協定によって、ベトナムは資本主義の南と社会主義の北に分断され、南部解放を目指す北ベトナムの作戦に対し、南を支援するアメリカが軍事介入し、泥沼のベトナム戦争が始まります。さらに、ベトナム戦争が終結し統一国家が成立した後も、様々な困難から多くの人々が難民として海外にわたり、続いて国際社会からの孤立を打開するため打ち出されたドイモイ政策(1986年)による開放路線への転換で一気にグローバル化と経済発展が進むなど、まさにベトナムの近現代は絶え間ない激動の歴史でした。

 そのような激しい変化の中で、ベトナムの人々は、自身がおかれた立場や状況によって、それぞれ異なる人生の選択をせざるを得ないことも多くありました。同じ家族の兄弟が北と南にわかれ敵として戦ったり、米軍や南部政権に協力した人々が迫害を恐れて祖国を離れたり、そのような一人一人の人生の物語は、公的な記録によって形作られる歴史においては時に埋もれ、時に見過ごされてきたものでもあります。そのため、必ずしも公的な「記録」には残らずとも、たしかにそこに生きたベトナムの人々の経験や痕跡を物語る「記憶」を、作品を通して見つめること。その一つ一つの小さな記憶の集積から浮かび上がるものを「記憶の風景」と捉え、ベトナムの歴史を見つめ直そうという思いを、本展覧会のタイトルには込めています。

ハン・ティ・ファム《であるということは》1985年、福岡アジア美術館所蔵
1975年のサイゴン陥落直前にアメリカに移住した作者が、アメリカにおけるベトナムやアジア人女性への一方的なステレオタイプと、アメリカに生きるベトナム人移民としての自身のアイデンティティの狭間でもがく苦悩を表現したセルフポートレート

 そのような思いを企画の根底に据えた本展は、下記の4章と特設コーナーから構成されます。1~4章はおおむね時代順の構成ですが、必ずしも厳密ではなく、本展の鍵である「記憶」の特性を踏まえ、その時代に対して後の世代のアーティストが個人や家族の記憶から見つめ直した現代の作品も挿入しています。そして各章タイトルには、その時代に対しベトナムの人々によって投影された心情や心象風景を象徴すると筆者が感じた言葉を用いています。

第1章 理想―描かれた祖国のイメージ
第2章 熱気―駆け巡る戦場のリアル
第3章 発展と郷愁―変わりゆく故郷のすがた
第4章 追憶―歴史を携えて生きること
特設コーナー グエン・ファン・チャン絵画保存修復プロジェクト

 また、最後の特設コーナーでは、ベトナム近代美術における絹絵の巨匠、グエン・ファン・チャンの貴重な作品を未来につなげる、三谷文化芸術保護情報発信事業財団(金沢)によるグエン・ファン・チャン絵画保存修復プロジェクトを特別に紹介します。

 本展でご紹介しているベトナムのアーティストたちの作品を通して、新たなベトナムの一面をお伝えできれば幸いです。

 本展の会期も残すところ10日余り。ベトナム近現代美術に焦点をあてた展覧会としては日本では過去最大規模の本展を、ぜひお見逃しなく!

 最後に、11/1(土)~11/3(月・祝)の3日間は、本展および同時開催中のコレクション展「ベストコレクションⅢ―変革の時代、新たなる自画像」をフィーチャーした特別イベント「パム|Party At the Museum vol.03」を開催します。“観て/学んで/食べて/飲んで/踊って”丸ごと楽しむ多彩なコンテンツをご用意していますので、どうぞお楽しみください。さらに本イベント最終日の11/3(月・祝)は、文化の日を記念し本展とコレクション展の両方を無料でご観覧いただけます。みなさんのお越しをお待ちしております。

桒原ふみ(福岡アジア美術館)

特別イベント「パム|Party At the Museum vol.03」詳細はこちらから。

続く2回目、3回目のコラムでは、各学芸員独自の視点から本展の魅力をご紹介します。

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