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京都 醍醐寺真言密教の宇宙<下>研究 人々の祈り 映し出す鏡【コラム】

2019/02/25 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 観光客の喧噪(けんそう)もここまでは届かない。醍醐寺の中心塔頭(たっちゅう)、三宝院(さんぼういん)の裏にある研修棟。大学院生や学芸員約20人が年代物の木箱から古文書を取り出しては、書かれた年代や内容を記録する。気の遠くなるような作業が、かれこれ100年以上も続いている。
 醍醐寺の寺宝約15万点の大半は紙の史料が占める。内容はさまざま。密教の「秘密の教え」は師弟間の口伝が基本だが、複雑な儀式の次第や作法を間違えないよう備忘録を残すことは少なくない。公家や武家からの祈祷(きとう)の依頼も膨大に残る。出産や病気治癒、戦勝祈願-修法(すほう)や加持祈祷といった「実践」を重視する醍醐寺ならではだろう。法要の記録、手紙、日記、証書などからは、当時の人々の生活の息吹がダイレクトに伝わる。
 古代にさかのぼる文書を箱にまとめ、保管するようになったのは桃山時代の座主からという。総数約800箱、約10万点に及ぶ箱の中身の本格的な調査研究は1914(大正3)年に始まった。
 地道な作業が実を結び、調査開始から100年後の2013年に1箱から558箱までに収められた6万9378点がすべて国宝に指定された。現在は559箱以降の調査が進む。「将来の国宝候補を扱っている」。調査に携わる面々からはそんな緊張感が漂う。

箱に納められていた古文書の内容を調査する研究者。100年以上前から人の手で調べてきた


 特徴ある寺宝はもちろん古文書ばかりではない。さまざまな儀式で本尊として用いる仏像や仏画もその一つ。不動明王が屈強な4体の明王を従えた重要文化財「五大明王像」を見てみよう。つり上がった眉とせり出した目玉。炎を背負い四肢に力がみなぎる立ち姿。その像容の激しさは向き合った人をくぎ付けにし、畏怖の念を抱かせる。

醍醐寺の仏像の中でも異形度でダントツなのが重要文化財「五大明王像」(平安時代、10世紀)。特に不動明王(中央)を挟む4体はアクロバティックなポーズが特徴で「カマキリのよう」とも称される(撮影・三苫真理子)

 現世利益を究める密教は、それまでの顕教の穏やかな仏像表現を一変させた。「仏の威力」を分かりやすく視覚に訴えた明王像もその一つ。唐から密教を日本に伝えた空海は「密教は奥深く、文章で表すことは困難。かわりに図画を借りて悟らない者に教える」と書き残している。
 醍醐寺の五大明王像は、空海が開いた東寺に次ぐ古作だが、異形が多い密教仏の中でも怪異さで際立つ。特に中尊の不動明王を囲む4明王の造形は出色だ。複数の細長い腕の動きとアンバランスにも見えるポーズから「カマキリのよう」と称される。独自の視点で仏像の魅力を紹介している作家のいとうせいこうさんは「醍醐寺オリジナルって感じがすごい。普通の五大明王とはだいぶ違う」と魅力を語る。
 祈りの「道具」である密教の図像には本来厳格な表現上の決まりがある。醍醐寺の仏像や仏画はマニュアルに準拠しながらも、オリジナリティーをにじませ、独自の発展を遂げた。九州国立博物館の森實久美子主任研究員は「他の宗派にはない、より効力の強い図案を模索し、制作することで、流派の優位を保とうとしてきた証し」と分析する。
 そんな醍醐寺の「研究熱心」の物証が、料紙に墨線のみで描いた「白描図像」の数々だ。2度目の蒙古襲来の翌年に当たる1282年、元軍撃退を祈願して描かれたと言われる重文「不動明王図像」には、白色で修正しながら何度も描き直した跡が残る。別の白描図像には着衣の一部に原本の色を書き込んだ注釈が残り、描き手の入念な仕事ぶりがうかがえる。

白描図像の一つ、重文「不動明王図像」(鎌倉時代、1282年)。何度も描き直した苦心の跡も。展示は2月24日まで。=画像提供・奈良国立博物館

 尊像が手に持つ法具や着衣は経典に基づくために不変だが、体つきやポーズなどの造形は制作された時代ごとに変化をみせている。森實さんは「祈祷の依頼者の要請に応じて、新たに図案が創案されたこともあった」とみる。
 仏像や仏画の表現も古文書同様、各時代の人々の祈りを映し出す鏡だったのだろう。
(佐々木直樹)=2月8日 西日本新聞朝刊に掲載=

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