九州、山口エリアの展覧会情報&
アートカルチャーWEBマガジン

ARTNE ›  FEATURE ›  連載記事 ›  遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣 <13> 世界と地球の差 内へ内へと沈み込み 呼び覚まされる感覚【連載】

遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣 <13> 世界と地球の差 内へ内へと沈み込み 呼び覚まされる感覚【連載】

2020/05/29 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 新型コロナウイルス感染症の地球規模での蔓延(まんえん)は、結果として私たち人類の母なる地球そのものへの感じ方に、無視することができない変化をもたらしているように思われる。

  この新型肺炎が伝播(でんぱ)する速度に拍車をかけたのがグローバリズムであることは、たびたび指摘されてきた。グローブにはもともと地球の意味がある。しかし、私たちがグローバリズムというとき、そこで意識されていたのは「世界」であって、地球ではなかった。

  世界と地球との差は大きい。地球というとき感じられる宇宙に浮かぶ球体の感覚や、大気圏で覆われた水球としての地球といった意識は、前者では極めて乏しい。世界の主役はあくまで人間であり、社会的な活動を行わない動物や自然は念頭に置かれていない。それどころか、動物は食料として、自然は開発の対象として、むしろビジネスの糧へと貶(おとし)められている。

  ところがどうだろう。新型コロナウイルスがあっというまに地球を覆い尽くし、都市が閉鎖され、飛行機が飛ばなくなり、人が家にこもるようになると、家にいながらにして、私たちは地球とのこれまでと違う接点を持った。それは、これまでの世界という感覚とは全然違っている。少なくとも私はそうだ。

  その一因に、方々で伝えられているとおり、人間の社会的活動が激減することで、自然や動物たちが、本来ある姿を取り戻したように感じられたことがあるに違いない。空は青く澄み、小鳥たちは嬉(うれ)しそうにさえずり、夜空は宇宙にまで届くようで、月の輪郭はこれまでになく鮮やかだ。

  むろん、そこには多くの犠牲者たちが伴っている。私自身、いつ新型肺炎の餌食にならないとも限らない。だが、地球という生態系は、もともと生と死が循環することで成り立つ。動物や自然だけではない。目に見えないウイルスも、ずっと昔から地球の一員だったのだ。やはり、地球は人間だけのものではなかった。そう言わざるをえない。

  新型コロナウイルスが人間の呼吸器、とりわけ肺に深く侵入することも、大気圏としての地球を否応(いやおう)なしに意識させられる。私たちが日頃からなんの気無しに繰り返している呼吸は、かつて魚類が海から陸に上がってきた進化の痕跡であり、人類と地球とのもっとも身近な、まるでへその緒のような接点なのだ。

  私たちは、食料や水が切れても少しのあいだは生きられるけれども、息が詰まればすぐに死んでしまう。そこを冒されるのはこれまでにない恐怖だが、同時に、地球と自分との切り離せない絆を、家にいながらにして痛感する機会にもなっている。

  心理的(家)にも器官的(肺)にも内へ内へと沈み込み、しかし同時にそれが広大な外宇宙を漂う遊星としての地球にまで届くような感覚をもたらす点で、私はいま、昨年の春に国立新美術館で見たイケムラレイコ「土と星 Our Planet」展を思い出している。

イケムラレイコ「土と星 Our Plenet」2019、国立新美術館
Courtesy of the artist and ShugoArts 撮影:武藤滋生

 

  イケムラが東日本大震災を遠方の地、ドイツで知らされ、それ以降に大きな変化を遂げるなかであらわれた巨大な「山水画」は、その展示室が「コスミック・ランドスケープ」と題されていたように、宇宙を示唆していた。それは今回のパンデミックから呼び覚まされる地球的な感覚を、むしろ先取りしていた。私たちはいま、再生する骸とともに、まさしくイケムラの呼ぶ「うねりの春」(2018)の渦中にある。(椹木野衣)=5月28日西日本新聞朝刊に掲載=

 

椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

 

おすすめイベント

RECOMMENDED EVENT
Thumb mini e794a50fea
終了間近

北九州市立美術館 開館50周年記念
「足立美術館所蔵 横山大観展」スライドトーク

2024/04/13(土) 〜 2024/05/02(木)
北九州市立美術館 本館

Thumb mini b156a79869

収蔵作品展
センス・オブ・ワンダー

2024/03/12(火) 〜 2024/05/06(月)
都城市立美術館

Thumb mini 5ac71fa77e

春の特別展「カラーズ ~自然の色のふしぎ展~」

2024/03/16(土) 〜 2024/05/06(月)
北九州市立いのちのたび博物館

Thumb mini d9d6db5602

特別企画展
オードリー・ヘプバーン 写真展

2024/03/20(水) 〜 2024/05/06(月)
鹿児島市立美術館

Thumb mini fb2248f7fb

かみよりつぐかたち -紙縒継像-
新聞紙から生まれる動物たち

2024/03/23(土) 〜 2024/05/06(月)
みやざきアートセンター

他の展覧会・イベントを見る

おすすめ記事

RECOMMENDED ARTICLE
Thumb mini e126706372
連載記事

遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<12>アイソレーション・タンク 時空の手掛かり失われ 過去の記憶 際限なく?【連載】

Noimage
連載記事

遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<11>憲法9条との相性 荒唐無稽とされた理想が現実味? 世界観退行させる「戦争」の比喩【連載】

Thumb mini 28dbedb1d7
連載記事

遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<10>無主物の世界観 人類的規模で失われていた スペイン風邪の集合的記憶【連載】

Thumb mini 4fbe1080a3
連載記事

遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<9>ACの動向 むしろ武器だった「3密」 回避は芸術祭の死活問題【連載】

Thumb mini fc622dbf5b
連載記事

遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<8>リモート・アート 日本の在宅芸術の原点? NTTの電話網仮想館【連載】

特集記事をもっと見る