江口寿史展
EGUCHI in ASIA
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福岡アジア美術館
2020/07/27 |
ニューヨークで新型コロナウイルス感染症が猛威を振るうなか、ひとりの作家でアクティヴィストが世を去った。ラリー・クレーマーだ。84歳だった。
1980年代後半、同性愛をはじめとするマイノリティーの権利擁護者で、みずからもHIV陽性であった彼は、身のまわりで仲間たちがなすすべもなくバタバタと死んでいくのに耐えられず、街頭で声を上げ、意を同じくする者たちと状況を改善するため、やがて政府や製薬会社への直接的な集団行動に出るようになる。
その過激なやり方は、あまりに度を過ぎると、たびたび非難されることもあった。しかし、当時のエイズ感染者への偏見は、それくらい酷(ひど)かったのだ。この「大いなる怒り」(グラン・フュアリ)は次第に世界へと広がり、先進国を中心に、エイズをめぐる政府や製薬会社の対応に劇的な変化を起こしていった。
未知の感染症へのクレーマーの勇気ある怒りと行動によって目覚めさせられた者は少なくない。いま、新型コロナウイルス感染症について、私たちが米国からの報道でしばしば目にする米国立アレルギー感染症研究所所長、アンソニー・ファウチも、そのひとりだ。ファウチはかつて、クレーマーから、無能で愚かな殺人者と公然と非難されたことがある。だが、そのファウチも、クレーマーについて、米国の医学界はクレーマー以前と以後の時代に二分されると、その功績を認めている。ファウチは、新型コロナウイルス感染症を軽視するトランプ大統領への歯に衣(きぬ)着せぬ物言いで話題となったが、そんなところにも、ひそかにクレーマーの影を見てとることができよう。
そのクレーマーが、感染者をめぐる政府の無視・無策への抗議・攻撃を、エイズの感染拡大防止のための啓発的なキャンペーンと並行し、広く市民へと伝播(でんぱ)させるために結成した団体が、アクト・アップ(ACT UP)だった。だが、アクト・アップのやり方は、それまでの政治的なデモンストレーションと比べても、視覚的インパクトをきわめて重んじる点で、アートとの接点をたいへん多く持っていた。
そのうち、もっとも知られたものが、「SILENCE= DEATH」(沈黙は死)という標語と、黒字にピンク色の三角形をあしらったヴィジュアルで、後者は、第2次世界大戦時、ヒトラーのナチスによる同性愛者弾圧の際に使われたものの批判的引用であった。アクト・アップは、これらを強烈な印象を残す簡潔な声明と組み合わせ、プラカード、バッジ、キャップ、ステッカー、ポスターなどへと援用し、抗議の意思を街の至るところに広げていった。
既存のイメージを引用し、異なる文脈で批判的に活用するのは、当時のシミューレーション・アートの手法でもあった。だが、かれらは、これを専門的な知識を前提とする美術館や評論を飛び越え、誰もが目にする街中で行使した。この点でアクト・アップは、後のアート=アクティヴィズムに多大な影響を及ぼした。アンソニー・ファウチに倣って言えば、パブリック・アートは、アクト・アップ以前と以後で二分されると言ってもいい。
むろん、エイズとは比べものにならない新型コロナウイルス感染症の「無差別」な蔓延(まんえん)に、同じやり方は通用しない。だが、政府の無策への「沈黙」は「死」に通ずるというアクト・アップのメッセージは、今なお、というよりも今だからこそ、振り返られるべきものがある。(椹木野衣)
=7月23日付西日本新聞朝刊に掲載=
椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。
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